脂質降下薬
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脂質降下薬(ししつこうかやく、LLD, lipid lowering drug, hypolipidaemic agent)にはHMG-CoA還元酵素阻害剤(スタチン)、フィブラート系薬剤、陰イオン交換樹脂(レジン)、プロブコールなどがある。また、魚油(EPAやDHA)、植物ステロール、ビタミン剤(ニコチン酸、ビタミンE)にも、日本の健康保険上の適応を持つ製剤がある。
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[編集] 個々の薬の説明
- スタチン — 肝細胞のHMG-CoA還元酵素を阻害し、細胞内コレステロール含量を減らしLDL受容体を up regulation (受容体の増加)させて、血液からのコレステロール取り込みを図る。
- フィブラート系薬剤 — 核内受容体のPPAR-αに作用して、脂質合成に関わる蛋白の合成を制御する。また、LPL(リポ蛋白リパーゼ)の発現を増やし、血管内皮でのVLDLやカイロミクロンの異化を促進させる。ベザフィブラート(商品名ベザトールSR)、フェノフィブラート(商品名リピディル)がある。
- レジン — 一番歴史がある。体内に吸収されるという意味では安全性が高いので、思春期や妊娠を予定した家族性高脂血症患者にも安心して使用できる。最初に脂質低下療法が虚血性心疾患の予防につながる事が証明された治験 LRC-CTTP (Lipid Research Clinics Coronary Primary Prevention Trial) で用いられた薬である。コレステロールは胆汁で排泄されるが回腸末端まで流れる間に再吸収される(腸肝循環)。再吸収を阻害して便中に排泄すればコレステロール値は下がる。さらに、LDL受容体を up regulation させて、血液からのコレステロール取り込みが増す。コレスチミド(商品名コレバイン)。
- プロブコール — 作用機序がまだはっきりしないがスカベンジャー受容体の一種でHDLの取り込みにも携わる SR-BI (scavenger receptor class B type I) 受容体の発現を増やし、HDLの異化をすることでコレステロール逆転送回路を活性化させるといわれる。コレステロール低下度以上に、動脈硬化巣の退縮がみられる。抗酸化作用もあるとされている。プロブコール(商品名シンレスタール、ロレルコ)。
- 魚油 — 転写因子である SREBP-1 (ステロール調節エレメント結合タンパク質-1)を介して脂肪酸合成を抑制する。またPUFA(多価不飽和脂肪酸)として代謝されPGI3(プロスタグランジンI3)になり抗血小板作用をあらわす。粥種破綻に伴う血栓の予防や慢性閉塞性動脈硬化症における血行改善という効用もあわせもつ。魚は旬があり産地や季節でその脂肪組成は大きく変わり、摂りたくないコレステロールを多く含むトロなどの食材もある。製剤としてはイワシを精製したEPA(エイコサペンタエン酸、商品名エパデール)があり、日本で行われたJELIS試験で虚血性心疾患の再発予防効果が確認された。同じ成分をつかった特定保健用食品(トクホ)も販売されている。
- 植物ステロール — コメ油のγオリザノールなど。腸肝循環する胆汁のミセルにとけ込み、動物性脂質であるコレステロールの腸管での取り込みを競合阻害するのでコレステロール値が低下する。医薬品としても販売されているが、特定保健用食品(トクホ)として活用されている。
- ニコチン酸 — 商品名としてペリシットなどがある。レジンやスタチンに併用する例が最近では多い。他の薬では下がらないLp(a)(リポ蛋白スモールエー)を若干下げる。ニコチン酸とニコチン酸アミドの総称をナイアシン(ビタミンB3)という。
- ビタミンE — 大量投与による動物実験例やコホートでの食事調査によると動脈硬化症を改善するとされるがMicroHOPEやHPSといった前向き試験では有用性が示されなかった。HOPE-TOOでは心不全が増加したという却って悪い結果も報告されている。
[編集] 日本未承認・開発中
- TAK-475 — HMG-CoA還元酵素の下流にある「スクワレン合成酵素」を抑制し、細胞内のコレステロール含量を減らしLDL受容体を up regulation させて、血液からのコレステロール取り込みを図る。
- エゼチミブ — 商品名「ゼチーア」(当初は「ゼチア」を予定)。腸管でのコレステロール吸収を抑制する。容積の多い呑みにくいレジンと違い小さな錠剤で、スタチンとの合剤も開発されている。
- ISIS 301012 — コレステロールを運ぶのに必要なApo-Bの合成を阻害するのに、アンチセンスRNAを用いる。
- CETP阻害薬 — リポ蛋白のLDLとHDLの間でコレステロールを交換するCETPを阻害し、HDLコレステロールを増やす薬。ファイザーのトルセトラピブ® (torcetrapib) は血圧が上がり心血管事故が増え、投与群の方が死亡(トルセトラピブ®とリピトール®の併用群82例対リピトール®群51例、各群約7500名)が多かったので2006年(平成18年)12月開発が中止された。類薬に日本たばこのJTT-705などがある。
- PPARα/γアゴニスト — ブリストル・マイヤー・スクイブのマルグリタザー (muraglitazar) (Pargluva®) はインスリン抵抗性を改善するPPARγと中性脂肪を下げるPPARαの両方を働きを期待されたが、PPARγ選択的な経口血糖降下薬塩酸ピオグリタゾン(アクトス®)より死亡及び心血管イベントの増加を理由に治験中止された。
[編集] 適応
高脂血症。主に中性脂肪に効くEPAやフィブラートと、LDLコレステロールを低下させるスタチンやレジンがあり、最近認可を受けたスタチンでは高コレステロール血症のみ適応が通っている場合があるので使用では留意する。
[編集] 副作用
- 横紋筋融解症 — スタチンとフィブラートにみられる。特に併用時や腎機能低下例では留意が必要である。甲状腺機能低下症に伴う高脂血症では甲状腺機能低下症でも筋源性酵素 (CK, GOT, LDH) の上昇をみる。
- 催奇形性 — スタチンにみられる。HMG-CoA還元酵素ホモ接合体ノックアウトマウスは妊娠せず胎児が吸収される。胎盤をコレステロールは通過せず胎児はすべて自分で合成したコレステロールで発育を賄う。
- 耐糖能低下、顔面紅潮 — ニコチン酸。
- 掻痒感 — レジン、ニコチン酸。
- 心電図異常(QT異常) — プロブコール。
- 腸閉塞 — レジン。便秘などで出るべき薬が排泄されなければ腸管内圧が上がる。
- 窒息 — レジン。誤嚥した場合、気管内で薬が膨潤して閉塞機序につながる。
- 低血糖 — フィブラート。インスリン抵抗性が改善するため。特に、経口血糖降下薬を併用していれば薬効が高まり低血糖がみられる事がある。
[編集] 禁忌
- 高度腎機能低下 — スタチンとフィブラート
- 腸閉塞、腹部手術後 — レジン
[編集] 参考文献
- 村瀬敏郎 『高脂血症診療ガイド』 文光堂、2005年5月。
- 日本動脈硬化学会編 『高脂血症治療ガイド2004年版』 日本動脈硬化学会、2004年7月。
- 「虚血性心疾患の一次予防ガイドライン」 Japanese Circulation Journal Vol. 65, supple V, p. 999 (2001).