行列の階数
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行列の階数(かいすう、rank)は、行列の正則性を測る指標の一つである。階数と相補的な概念として退化次数(たいかじすう、nullity)がある。
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[編集] 定義
行列 A が与えられたとき、次の各条件によって決定される数は等しく同じ値を与える。
- A の列ベクトルからなる極大線型独立系が含むベクトルの数
- A の行ベクトルからなる極大線型独立系が含むベクトルの数
- A に行基本変形を施して得られる階段行列の零ベクトルでない行の個数(階段の段数とも表現される)
- A に列基本変形を施して得られる階段行列の零ベクトルでない列の個数
- A に対応する線型写像 fA の像の次元
- A の零でない小行列式の最大サイズ
- A の特異値の数
これらの条件が定める数を行列 A の階数あるいはランクと呼び、しばしば rk A や rank A などで表す。またこれを、対応する線型写像 fA の階数あるいはランクともいい、rk fA や rank fA とも記す。
- 像の次元としての線型写像の階数は、行列表現には依存せず、線型写像自体に対して一意的に定まる概念である。これについては後述する。
[編集] 性質
A を m × n 行列とする。
- rank A = rank AT (AT は A の転置行列)
- A が零行列のときかつその時に限り rank A = 0
- rank A ≤ min(m, n)
- n 次正方行列 A が正則行列であることと rank A = n なることとは同値である。
- B が n × m 行列とした時、rank(AB) について以下の不等式が成立する:
- B が n × k 行列で rank B = n ならば、rank(AB) = rank A が成り立つ。
- C が l × m 行列で rank C = m ならば、rank(CA) = rank A が成り立つ。
- P が m 次正則行列、Q が n 次正則行列ならば rank(PAQ) = rank A が成り立つ。
- 以下の式が成立するような m × m 正則行列 X と n × n 正則行列 Y が存在するときかつその時に限り、rankA = r が成立する:
-
- Ir は r × r の単位行列である。
-
f を線形写像とする。
[編集] 階数の計算
例えば、行列
は、基本変形を行うことによって
と書けるから、M の階数は rank M = 2 である。実際、[第 2 行] = [第 1 行] + [第 3 行] であるから、2 行目の行ベクトルは線型独立でない。ここで、1 行目と 3行目は明らかに線型独立であるから、rank M = 2 である。
浮動小数点を用いたコンピューター上の数値計算においては、この基本変形を用いたりLU分解を用いることで階数を求める方法は、精度が落ちることもあり用いられない。替わりに、特異値分解(SVD)やQR分解を用いて求められる。
[編集] 線型写像の階数
V, W をベクトル空間とし、線型写像 f: V → W が与えられたとき、f の像 f(V) の次元を線型写像 f の階数と呼び、rk f や rank f などで表す。V や W は一般に無限次元であっても、像の次元 dim f(V) が有限であれば線型写像の階数の概念は意味を持つ。とくに階数有限なる線型写像にはトレースが定義できて、古典群の表現論などで重要な役割を果たす。
V や W が有限次元ならば、行列表現によって f は表現行列 Af の共軛類が対応する。このとき、線型写像の階数と行列の階数との間には rank f = rank Af という関係が成り立つが、行列の階数が正則行列を掛けることに関して不変であることから、この等式の成立は表現行列 Af のとり方に依らない。
ベクトル空間 V, W に対して V が n 次元とすれば、線型写像 f: V → W の階数は n 以下である。実際に、rank f = n となるとき、線型写像 f は非退化(ひたいか、non-degenerate, full rank)であるという。そうでないときには、像 f(V) は f で 0 へ写される元の分だけ「つぶれている」と考えられ、線型写像 f の核
の次元 dim ker f を f の退化次数と呼ぶ。f の退化次数を nl f や null f などで表すことがある。次元定理のひとつとして、次の公式
が成立し、階数と退化次数の関係式あるいは簡単に階数・退化次数公式 (rank-nullity theorem) などと呼ばれる。