距離空間
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数学において距離空間(きょりくうかん、metric space)とは、任意の 2 点間で距離が定められた集合のことをいう。正確には集合と、その上で定義される距離関数(きょりかんすう、distance)とよばれる特別な関数の組のことである。この概念はモーリス・フレシェによって導入された。
その距離の定めるあらゆる開球を開集合の基とすることによって定まる位相に関して位相空間となる。また、距離関数で定められた開球によって二点を分離しやすく、収束する点列の極限が一意に定まるというように距離空間はとても性質がよい位相空間といえる。
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[編集] 定義
集合 X の上に 2 変数実数値の写像 d、すなわち X の 2 つの直積 X × X 上で定義され実数に値をとる関数
が定義されていて、d が距離の公理とよばれる次のような性質
- 非負性(半正定値性): d(x, y) ≥ 0,
- 同一性(非退化性): d(x, y) = 0 ⇔ x = y,
- 対称性: d(x, y) = d(y, x),
- 三角不等式: d(x, y) + d(y, z) ≥ d(x, z)
(ここで、x, y, z は X の任意の点)を全て満たすなら、d は X 上の距離関数あるいは単に距離であるといい、対 (X, d) を距離空間と呼ぶ。
[編集] 関連概念
集合 X 上の 2 変数実数値関数 d が、距離の条件 1, 2, 3 を満たし、三角不等式の代わりにさらに強い条件
- 超距離不等式: max{d(x, y), d(y, z)} ≥ d(x, z)
を満たすなら、距離関数 d は非アルキメデス的あるいは超距離 (ultra-metric) であるという。超距離不等式を満たすならば三角不等式も同時に満たすので、超距離は距離でもある。
また、条件 1, 3, 4 を満たし、条件 2 の代わりに弱い条件
- x = y ⇒ d(x, y) = 0
を満たすならば擬距離 (pseudo-distance) という。条件 2 が満たされるならこの弱い条件も満たされるので、距離は擬距離でもある。一方、擬距離の入った集合(擬距離空間)においては、擬距離が 0 であるが互いに一致しない 2 点が存在することがある。もしある擬距離空間でそのような 2 点が存在しないならばその擬距離は距離であり、その擬距離空間は距離空間である。
- 超距離 ⇒ 距離 ⇒ 擬距離.
[編集] 位相
距離空間 X の点 x について、x を中心とする十分小さな ε を半径とする開球( ε - 近傍 , ε - 開球)
- B(x; ε) = {y ∈ X | d(x, y) < ε}
が X の部分集合 A に含まれるようにできる時、 x を A の内点(inner point,interior point)といい、 A を点 x の近傍(neighborhood)という。 Xにおける x の近傍の全体(近傍は部分集合なので集合族である。)を x の近傍系(neighborhood system) という。 A が A に含まれる任意の点の近傍であるとき、 A を 開集合(open set)あるいは開部分集合 (open subset) という。開集合の全体を開集合系という。
- この開集合系により位相構造を定めることができるため、距離空間は必ず位相空間となる。
A の全ての内点の集合を A の内部(interior) あるいは 開核(open kernel) といい、 Ai,Ao,Int(A) などのように書く。
X の部分集合 A と X の点 x について、任意の ε > 0 に対し B(x; ε) ∩ A が空でない時、 x を A の触点 (adherent point) という。A の触点全体の集合を A の閉包 (closure) あるいは触集合(adherence) といい、A, Cl(A) などと表す。Cl(A) = A となるような集合 A のことを閉集合(closed set) あるいは閉部分集合 (closed subset) という。開部分集合の補集合は閉部分集合であり、逆に閉部分集合の補集合は開部分集合である。
定義により A の内点は A の触点であるが、 A の触点であって A の内点ではない点を 境界点(boundary point,frontier point) という。 A の境界点の全体を A の境界といい Fr(A), Af, ∂A などと書く。
A の触点ではない X の点を A の外点(exterior point) といい、 A の全ての外点の集合を A の外部(exterior) という。
[編集] 例
[編集] 離散距離
空間X の上の2変数関数
によって定められた距離を離散距離(descrete metric)といい、距離空間(X,d) を離散距離空間(descrete metric space)という。
[編集] Rn における距離
実数全体のなす集合 R に、距離 d を絶対値を用いて d2(x, y) = |x - y| と定めることで、 (R, d) は距離空間になる。
実数全体のなす集合 R の n 個の直積を Rn と書くとき、 (R, d) の距離関数 d の一般化として次のような 2つの距離関数を考える。
このとき (Rn, d1) 及び (Rn, d2) は共に距離空間になる。
ちなみに d2 を n 次元ユークリッド距離といい、このような距離の定められた Rn のことを n 次元ユークリッド空間という。上述の絶対値の例は 1 次元ユークリッド距離になっていることが分かる。日常生活や多くの自然科学で用いられる 「距離」 は、このユークリッド距離である。 一方、d1 は マンハッタン距離 と呼ばれる。
さらに、 dmax(x, y) = max1 ≤ i ≤ n{|xi - yi|} で距離を定めても、(Rn, dmax) は距離空間になる。
このように、同じ集合に対して定めることのできる距離は一つではない。
一般には集合が同じであっても異なる距離関数を与えれば位相空間としても異なるが、ここで定義した d1, d2, dmaxに関しては
- dmax(x,y) ≤ d2(x,y) ≤ d1(x,y) ≤ n dmax(x,y)
という関係があり、位相空間としても同じものになる。言い換えると、この 3 つの距離はいずれも同じ開集合系を定めるのである。例えば、d1 に関する開集合は必ず d2 に関する開球の和集合に表され、逆に d2 に関する開集合は必ず d1 に関する開球の和集合に表される。dmaxによって定まる位相と d1,d2のそれぞれによって定まる位相との関係についても同じことが言える。
[編集] その他の例
[編集] 関連項目
[編集] 参考文献
- 矢野公一『距離空間と位相構造』共立出版 1997年 ISBN 4-320-01556-8