食道癌
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食道癌(しょくどうがん)は、食道に発生する上皮性由来の腫瘍(癌腫)である。
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[編集] 分類
病期分類は、国際的に多くの腫瘍で用いられる通りTNM分類によって行われる。
[編集] 組織学的分類
- 扁平上皮癌(食道の粘膜上皮細胞がガン化するもの)
- 日本では全体の90%以上を占める
- 腺癌(食道腺の細胞がガン化するもの)
- 上記とあわせると食道癌全体の95%以上を占める。
[編集] TNM分類
2004年9月6日現在は食道癌取り扱い規約第9版による
[編集] 疫学
日本では食道癌全体の93%以上を食道扁平上皮癌がしめ、発生部位も胸部中部食道に多いのに対し、アメリカではここ30年ほどで扁平上皮癌の割合が低下し、現在では約半数を食道胃接合部近傍の腺癌が占める。その違いの原因は明らかではないが、ひとつは禁煙による癌発症予防効果が扁平上皮癌の方が高いことが挙げられている。これは、アメリカでは日本より禁煙が進んでいるためである。白人に比べて喫煙率が高い黒人では扁平上皮癌の罹患率がより高いことが示されている。また、バレット食道の罹患率がアメリカのほうが多いという点も理由に挙げられる。
[編集] 症状
初期症状は食道違和感等の不定愁訴に近く、またリンパ節転移が多いことと、食道は他の消化器臓器と異なり漿膜(外膜)を有していないため、比較的周囲に浸潤しやすいこと等から、進行が早いため、発見が遅れやすい。
食道癌と診断された人では、その時点で74%の人が嚥下困難、14%の人が嚥下痛がある。57%の人で体重が減少しているが、このとき、体重の減少の程度が、BMIで10%以上の減少に相当する場合には、予後不良の可能性が高くなる。呼吸困難、咳嗽、嗄声、胸骨後部または背部または右上腹部痛はまれだが、進行した病変の存在を示唆する。
[編集] 診断
[編集] 身体所見
早期癌の場合はそれに伴う身体所見はほとんどない。進行癌では、ときに右もしくは左の鎖骨上部リンパ節腫大を認める。反回神経麻痺による嗄声を認めることもある。
[編集] 画像所見
- 食道造影
- 硫酸バリウムをのみX線撮影を行う方法で、比較的簡便にがんによる食道の狭窄、変形を描出することができるが、早期癌の診断は難しい。
- 内視鏡
- 進行癌のみならず粘膜面にとどまる早期癌の診断に有用である。内視鏡検査とあわせて行う生検による病理学的診断が「食道癌」の確定診断となる。なお、ただ内視鏡で見ただけでは癌がわかりにくいため、ヨード(ルゴール)を用いた染色が一般的に行われている。癌細胞は正常細胞と比較してグリコーゲンが少なく、染色されず白い状態となっているため、癌の存在部位を的確に知ることができる。
- 超音波内視鏡検査(Endscopic Ultrasound)
- 食道癌の深達度を判断するために施行される。周囲リンパ節への転移も評価できる。食道癌の深達度診断は進行期を決定して治療方針を検討するために重要である。
- CT(コンピュータトモグラフィー)
- 食道癌の周囲組織への浸潤やリンパ節、遠隔臓器への転移の有無を診断し、進行期を診断するために行われる。食道癌はリンパ節転移や遠隔転移をきたす頻度が高いため進行癌では必須の検査である。
- PET
- CTによる判断が困難な転移巣の評価に有用。2006年4月から保険適応の検査となった。
[編集] 腫瘍マーカー
食道癌に関しては、診断、治療効果判定、予後評価のいずれかにでも役立つ物は少ないが、SCC、CEAなどが比較的よく用いられている。
[編集] 治療
- 日本では 0-III期までの進行期に対しては手術が多く行われている。ただし粘膜面にとどまる(深達度m2まで)0期の早期癌で3分の2周以下の高分化型のものなら、内視鏡を使った手術である内視鏡的粘膜切除術(Endoscopic Mucosal Resection)により開胸を行わないで治療することが可能である。
- 旧来の食道癌の手術は、非常に侵襲が大きく、その比較的低い生存率と高い術後合併症発症率・術死率が問題となってきた(切除成功率は54-69%、手術死亡率は4-10%、手術合併症は26-41%におこる。(くわしくは参考文献参照))近年は手術法の改善により手術合併症と死亡率の割合は著明に減少している。
- 放射線(単独)療法は、特に扁平上皮癌で手術適応にはならないような局所進行例や高齢や心機能障害などで耐術能に問題のある患者に主に行われてきた。ある一定割合に5年生存が期待でき、手術のような重篤な合併症・手術死がおこらないメリットがある。治癒不能な進行例では嚥下困難・嚥下痛などの症状改善にも有効である。
- 術前放射線療法は、手術単独と比べて生存割合を改善しない。
- 術前化学療法(シスプラチンとフルオロウラシルによる)については、二つの大きな臨床研究が相反する結果を報告しており、結論が出ていない。手術単独と比べて大きなメリットはなさそうである。
- 術前化学放射線療法を検討した臨床研究で、統計的に充分な数の患者数を集めたもので手術単独と比べ予後を延長するという報告はない。しかし欧米の報告は腺癌と扁平上皮癌を混ぜて検討しており、また日本よりも明らかに腺癌の比率が高いため、扁平上皮癌の多い日本の実情と合っていない。扁平上皮癌のみの検討で、化学放射線療法と手術を併施することで生存率には有意な改善はみられないものの、局所制御率を有意に向上させるという報告はある。
- 術後化学療法や放射線療法はしばしばおこなわれるが、これらが生存率を改善するという臨床研究はほとんどない。
- 化学放射線療法(放射線と抗癌剤の同時併用療法)は、手術に劣らない生存率が近年報告されている。このため、手術可能な病期においても化学放射線療法を積極的に行って食道の温存を試みる施設が増加している。しかし、手術療法と成績が真に同等か否かは、現時点では不明であり、手術との比較臨床試験の実施が望まれる。
- IV期食道癌の治療は化学療法である。食道癌は比較的化学療法に反応する。扁平上皮癌の方が反応性はよい。フルオロウラシル、タキサン系(パクリタキセル、ドセタキセル)、イリノテカンが単独あるいはシスプラチンと併用して用いられる(日本では2006年現在、パクリタキセルとイリノテカンは保険適用がない)。35-55%の患者に50%以上の腫瘍縮小がみられる。しかし、化学療法による反応はたいてい数ヶ月以上は続かず、生存期間が1年をこえることはまれである。
- IV期食道癌に対しても食事摂取の改善を目的として放射線療法が行われることがある。
[編集] 予後
胃癌、大腸癌を含む消化管の癌の中では予後は極めて悪い。これはリンパ節転移が多いことと、食道は他の消化器臓器と異なり漿膜(外膜)を有していないため、比較的周囲に浸潤しやすいことが上げられる。
食道癌全体での5年生存率は、1970年には4%であったが現在では14%ほどに改善している。アメリカでの成績であるが、手術を行った場合の5年生存率は、0期で95%以上、I期で50-80%、IIA期で30-40%、IIB期で10-30%、III期で10-15%である。IV期は「転移あり」を意味するが、生存期間中央値が1年以下である。TNM分類以外で予後を予測する因子として、以下が統計的に証明された予後不良因子である: BMIの10%以上の減少、嚥下困難、大きな腫瘍、高齢、lymphatic micrometastases。
[編集] 参考文献
書籍名 | 発行 | 版 | ページ | 著者 | 出版 |
STEP内科(6)消火器・膠原病 | 1999年10月29日 | 第1版 | P.42-P.47 | 監修:溝上 裕士 他 | 海馬書房 |
STEP外科(2)消化器外科・小児外科 | 2001年10月4日 | 第1版 | P.4-P.21 | 監修:小田 行一郎 他 | 海馬書房 |
新臨床内科学 | 第8版 |
- Enzinger, PE and Mayer, RJ. Esophageal Cancer. New England Journal of Medicine 2003;349:2241-52.