放射線療法
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放射線療法(ほうしゃせんりょうほう、 irradiation therapy, radiation therapy or radiotherapy)とは放射線の医学的利用法である。癌治療の一環として、放射線が持つ電離作用を悪性腫瘍を制御する目的で照射されることがほとんどであるが、特別な理由により、正常な組織へ照射を行い、機能を低下もしくは停止させる目的での照射もある(下記「適用」を参照)。日本国では放射線科において、放射線を用いたがん治療と画像診断の両者をとも扱う。欧米で放射線科 (Radiology) と言った場合は、放射線を使った画像診断をする診療科をさす。放射線治療科(Therapeutic Radiology)もしくは放射線腫瘍科(Radiation Oncology)として、世界的には別科となっている。しかし、日本では一部の先進施設を除き、画像診断科と分科していないのが通常であり、一般医師への教育、専門家の育成および診療体制水準に大きな遅れをとっている。また国内の放射線治療施設は約600施設あるが、放射線治療専門医は400人に満たず、診療放射線技師(学会などの認定を受けた場合、特に「放射線治療専門技師」と呼ぶこともある)および医学物理士・線量計算士など欧米の水準に比し、基準に達した施設はわずか数施設に留まる。近年の国内での放射線過照射事故の続発もこのような体制が問題であると指摘されている。
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[編集] 適用
通常、放射線治療(放射線療法)の適用となる疾患はケロイド、甲状腺眼症などの一部の良性疾患と、ほぼ全ての悪性腫瘍である。 また、放射線治療(放射線療法)は外科手術、化学療法、ホルモン療法などと組み合わされ、集学的治療の一環として利用される場合もある。 治療の対象となる代表的な癌を次に挙げる。
- 乳癌 (breast cancer)
- 前立腺癌 (prostate cancer)
- 肺癌 (lung cancer)
- 結腸直腸癌 (colorectal cancer)
- 頭部および頚部の癌
- 喉頭癌および咽頭癌
- 子宮頸癌などの婦人科の癌
- 膀胱癌 (bladder cancer)
- 悪性リンパ腫 (lymphoma)
放射線治療(放射線療法)は局所療法であり、普通は腫瘍のある部分のみをねらって適用されるが、手術の領域リンパ節郭清と同様に領域リンパ節領域を含めることもある。白血病などの骨髄移植前処置として全身に照射される(全身照射)治療法もある。 放射線治療の特徴は、「切らずに治すこと」であり、外科手術と異なり臓器温存(形態や機能)を可能とする。このため頭頚部腫瘍など切除術により著しく生活の質(Quality of Life)の低下が生じるものに、第一選択の治療とされる場合が多い。
放射線治療は他の手術療法などと同じく治癒可能な病期・病勢では「根治治療(radical therapy)」の重要な治療法として施行される。その他、癌が治癒不能な病期・病勢、再発・転移癌の場合でも、部分的な腫瘍縮小効果により症状の緩和を目指す「緩和治療・姑息治療(palliative therapy)」として広く用いられる。局所的な放射線治療の特徴として、全身への侵襲が小さいため、高齢者や全身状態が悪化した患者に対しても負担が少なく、緩和医療の重要な手段として治療が行える利点がある。 代表的な緩和治療の対象病態は、骨転移の疼痛・骨折予防、脳転移による神経症状、縦隔腫瘍による上大静脈症候群などである。
[編集] 副作用
放射線治療は局所療法であり、抗腫瘍効果および正常組織の副作用は、基本的に照射された領域にしか生じない。これが全身療法であり全身に副作用が生じる化学療法(抗癌剤治療)との最大の差である。 正常組織の反応として、照射中に起こる急性反応(主に粘膜・上皮細胞の障害で多くは一過性。具体的には、照射野皮膚の灼熱感や発赤、胃・消化管粘膜炎による吐き気や嘔吐など)と治療が終了してから6ヶ月~数年経過後に生じる晩期反応(主に間質細胞・血管内皮細胞の障害。一般的に不可逆性)に分けられる。正常組織の反応は照射体積の大きさが重要であり、定位放射線治療(いわゆるピンポイント照射)のように、小体積の病変に対して高線量を照射する照射法では障害は少ない。これに対し、大きな体積の照射では、低線量でも重篤な反応を示すので、1回線量を少なくするなどの工夫が必要となる。 密封小線源治療の副作用には埋め込み手術に関連したものも加わる。
[編集] 用量
放射線利用法はいくつかの点で、薬剤投与と同じように扱われているが、根本的に異なるのは照射体積の大きさにより、同じ照射線量でも生体反応(耐容線量)が全く異なる点である。放射線療法が単独で実施されるか、化学療法と併用されるか、手術の前か後か、郭精手術が成功したどうかなどの要素が治療医(放射線腫瘍医)の判断によって調節される。腫瘍制御に必要な線量は、腫瘍の感受性により異なり、一般的な固形がん(扁平上皮癌、腺癌など)の用量は60~70Gy(Gray;放射線の項を参照)かそれ以上が必要である。高感受性のリンパ腫(白血病)などは総線量で20~40Gyで腫瘍制御が充分とされる。現在、定位手術的放射線治療(Radiosurgery)を除き、1回照射法は少なく、小線量を1日1回、週4-5回照射する分割照射が多く行われる。分割照射の場合、一回線量は1.8~2Gyが経験的に多く用いられる。一回の用量を小さくし繰り返り実施することは正常細胞が成長しなおす時間を与え、照射で与えた障害を回復させる。 生物学的効果線量(biological effective dose)は同じ総線量でも1回線量の大きさ(分割回数)、照射期間により左右される。また、正常組織の耐容線量が照射容積に影響されるのは前述のとおりである。 小線源治療法(放射線同位元素を直接体内に挿入する治療法)において、古典的には挿入したラジウムの量と体内に留置した時間の積(mgh)で線量を表現した時代があった。現代では、外照射と同じく吸収線量Gyが用いられるが、外照射と生物学的効果を比較、換算するのには注意が必要である。小線源治療では生物学的効果線量に影響を及ぼすものとして線量率(dose rate)が加わる。
[編集] 分割照射スケジュール
前述したように、通常の一日当り照射量のスケジュールは成人患者で一回当り2.0Gyで、一日一回照射であるが、場合によっては違うスケジュールのことがある。一つの方法として、肺癌での投与法であるCHART法(Countinoys Hyperfractionated Accelerated RadioTherapy)がある。これは肺癌に適用されることが多く、一日当り2~3回の少量分割照射する。成功例が多いとはいえ、週末も含めての毎日複数回の照射を実施することにより大きな負担が患者にかかってくる。小児癌では、分割照射スケジュールは一回当り1.5~1.8Gyとなる。原理的には分割のやり方は治療効果と急性あるいは遅発障害との兼ね合いになり、一回当りの照射量が小さいほど、効果発現に時間がかかる。(小児は正常組織の感受性が高いので成人の標準分割線量より低い線量が設定されている)
[編集] 装置
放射線治療(放射線療法)に使用される代表的な装置を次に挙げる
- コバルト照射装置 - γ線
- ガンマナイフ - γ線
- リニアック - X線, 電子線
- サイバーナイフ - X線
- 医療用加速器 加速器としてはシンクロトロンあるいはサイクロトロンが使用される。シンクロトロンは陽子線あるいは重粒子線用、サイクロトロンは陽子線用として用いられている。
また、ガンマナイフは頭蓋内の治療に広く用いられ、脳腫瘍以外にも脳血管障害(脳動静脈奇形)等の治療にも用いられてきた。最近ではリニアックを用いた定位放射線治療でも同等の治療効果が得られるため多くの放射線治療施設で同疾患の治療が可能となっている。
[編集] 作用原理
放射線療法は細胞のDNAに障害を与えることで作用する。障害は電子線あるいは陽子線のイオン化により、主としてDNA鎖が切断されることに起因する。(標的組織の温度や酸素分圧により治療成績が左右される知見より)放射線によりDNA近傍で発生するフリーラジカルを介してDNA鎖を切断していると考えられている。また、細胞膜障害により細胞内シグナルが細胞修復機構を活性化する寄与についても研究されている。細胞はDNA損傷を修復する機構を持っており、DNA鎖の両方が同じ位置で切断された場合は、DNA変異(遺伝子の転位・組み換え)が発生し細胞の特性が変わるなど重大な影響を受けることがある。癌細胞の場合、一般に幹細胞のように未分化の性質を示し、細胞分裂が亢進している。したがって分化した普通の細胞よりは細胞死につながる障害を受けやすい。DNAの変異は細胞分裂後も継承され、癌細胞の障害も重積され、細胞死や細胞増殖のスピードダウンが生じる。また、重篤なDNA損傷はアポトーシス機構の引き金を引き細胞死を引き起こすことも知られている。陽子や重粒子線では停止した近傍にエネルギー損失が集中(ブラッグピーク)する。したがって、近年においては荷電粒子線を用いる放射線療法が注目を浴びている[2]。
[編集] 放射線治療に影響する要素
上記「作用原理」のとおり、腫瘍細胞には放射線により受けた障害を結果的に修復する能力がなく、正常な細胞にはある程度の修復の能力がある。この違いを利用したのが放射線療法である。
ただし、これは細胞の種類や細胞が置かれている状況によって程度に差がある。
- DNA(染色体)が受けた損傷が細胞分裂後も残るか残らないかが、細胞死が起こるか起こらないかを決定する。このため、増殖がゆっくりとした癌(例えば前立腺癌など)は、放射線の作用をより確実なものにするために、増殖が速い癌に比べ高線量を投与しないと根治は難しい。
- 放射線の作用は高酸素状態で起こりやすい(酸素効果と呼ばれる)。すなわち、低酸素では増殖の繰り返しが減少し、加えて酸素がイオン化することで発生するフリーラジカルの産生が低下することで、作用が減弱する。血液の供給が発達していない腫瘍では、低酸素状態、いわゆる低酸素症 (hypoxa)、が発生し、放射線抵抗性が増大する。
- 神経細胞は基本的に一度受けた損傷を再生されることはない。例えば、脳腫瘍への高線量照射で、正常な中枢神経が広範囲に障害を受けた場合、中枢神経死を引き起こし、患者が死亡する恐れがある。これを避けるために考案された手技が定位放射線治療(定位的放射線手術)である。
放射線療法は仕組みにより3つに大別される。
- 外部照射治療 (external beam radiotherapy; XBRT) もしくは遠隔照射治療 (teletherapy)
- 近接照射治療 (brachytherapy)
- 密封線源 (sealed source radiotherapy) あるいは非密封線源放射線治療 (unsealed source radiotherapy)
これらは、放射線源と標的との位置関係による分類で、外部照射は身体の外からの照射であり。密封線源あるいは非密封線源は身体の内部に放射性物質を入れ込む。近接照射治療の場合は挿入した密封線源を通常は治療後に摘出する。
[編集] 出典
- 装置・作用原理
- 粒子線(荷電重粒子線)治療(国立がんセンター)
- 作用原理・影響
- 放射線の生体影響の分子生物学(独立行政法人 放射線医学総合研究所)