T細胞
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T細胞(ティーさいぼう、T cell、T lymphocyte)とは、リンパ球の一種で、骨髄で産生された前駆細胞が胸腺での選択を経て分化成熟したものであって,細胞の表面にT細胞に特徴的なT細胞受容体(T cell receptor;TCR)を発現している。末梢血中のリンパ球の70〜80%を占める。名前の「T」は胸腺 (thymus) に由来する。1968年にG. F. MitchelおよびJ. F. A. P. Millerによって初めて,マウスの胸管リンパ中に19S溶血素(抗ヒツジ赤血球抗原IgM抗体)産生細胞前駆細胞(すなわちB細胞)及びその前駆細胞を抗原依存性に19S溶血素産生細胞へと分化させる細胞(すなわちT細胞)の二つのリンパ球亜集団が存在することが見出された。
細胞表面のマーカー分子としてCD4かCD8などを発現している。CD4を発現したT細胞は他のT細胞の機能発現を誘導したりB細胞の分化成熟、抗体産生を誘導したりするヘルパーT細胞として機能する。このCD4陽性T細胞は、後天性免疫不全症候群 (AIDS) の病原ウイルスであるヒト免疫不全ウイルス (HIV)や、成人T細胞白血病(ATL)の病原ウイルスであるヒトT細胞白血病ウイルス(HTLV-1)が感染する細胞である。CD8陽性T細胞はウイルス感染細胞などを破壊するCTL(キラーT細胞)として機能する。
また、NK細胞とT細胞の性質を併せ持つNKT細胞や、CD25分子を発現して他のT細胞の活性を抑制する働きのあるレギュラトリーT細胞などもある。最近では胸腺を介さずに分化成熟する末梢性T細胞が存在することも知られるようになった。
[編集] T細胞の分類
1968年のT細胞の証明以来,T細胞そのものにもさらに亜集団が存在することが予想されていたが,1975年にはP. C. Marrack及びJ. W. Kapplerが限界希釈法(limited dilution)の応用によってT細胞クローン間の明確な機能的差異について報告して以来,さまざまな亜集団,さらにはその下位の亜集団の存在が提起されている。
- ヘルパーT細胞
- 細胞表面にCD4抗原を発現しているリンパ球の亜集団。
- 1986年にT. R. Mosmannらが初めてマウスのT細胞クローン間のサイトカインの分泌パターンの違いによってTh1細胞及びTh2細胞の二つのヘルパーT細胞の亜集団の概念を提起して以来,この二つの亜集団に関しては精力的な研究が行われてきている。
- CD4陽性T細胞から分化し、IFN-γ(Th1細胞)、IL-4やIL-5(Th2細胞)またはIL-17(Th17細胞)等を産生し他の細胞の活性化、機能の行使等を助ける。
- 細胞傷害性T細胞
- ウイルスに感染した細胞や癌細胞を認識しその細胞を殺す。キラーT細胞ともいう。詳しくは、細胞傷害性T細胞を参照。
- サプレッサーT細胞
- 免疫反応を抑制 (suppress) し、終了に導く。一世を風靡したが、現在では存在自体に疑問符がつけられている。次の項のレギュラトリーT細胞とは別の細胞である。
- レギュラトリーT細胞
- 胸腺から分化してくるレギュラトリーT細胞はCD4、CD25、Foxp3分子を発現して他のT細胞の活性を抑制する。その他、末梢で抗原特異的に誘導されてくるレギュラトリーT細胞や、CD8陽性T細胞から分化するレギュラトリーT細胞もいる。
[編集] Th1細胞、Th2細胞とTh17細胞
ヘルパーT細胞は、そのサイトカイン産生パターンよりさらに3つの集団に分けられ、T cell helperの頭文字をとってTh1細胞、Th2細胞、Th17細胞と名づけられた。Th1細胞は主にIL-12の存在下で分化し、分化後はIFN-γを主に産生する。Th2細胞はIL-4によって分化し、分化後に主に産生するサイトカインもIL-4である。Th17細胞は最近発見された新たなT細胞集団でIL-6、TGF-β存在下で分化し、分化後はIL-17を産生する。
Th1細胞は細胞性免疫を媒介し、自己免疫疾患、遅延型アレルギーにも関与すると考えられている。対するTh2細胞は液性免疫を媒介し、即時型アレルギーに関与している。また、Th17細胞は多くの自己免疫疾患モデルマウスにおいて増加していることから自己免疫疾患に関わっていることが考えられている。
これらの細胞を分化させたり、分化後に産生されるサイトカインは、お互いの細胞群を抑制しあう性質がある。つまりTh1/Th2のバランスがお互いに拮抗しあって保たれているといわれている。アレルギーを罹患した患者がウイルス性の疾患にかかると重症化することがあるのは、Th2にシフトしてアレルギーを引き起こしている免疫系がTh1による細胞性免疫によってウイルスに対処することができないという考え方で説明がつく。また自己免疫疾患とアレルギーを同時に罹患することが比較的まれなのも、Th1型、Th2型の応答を同時に行うことが難しいからであると考えられている。
Th1型サイトカインを外部から投与することによるアレルギー疾患の治療など、このバランスを操作することによる治療法が提唱されたが、成功は見ていない。発見直後の興奮が過ぎた最近では、実際には単純な対立構造ではなく、複雑に関連しあう関係があると見られている。