アブラハム
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アブラハム (אברהם, Abhraham) は、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教を信じるいわゆる聖典の民の始祖。ノアの洪水後、神による人類救済の出発点として選ばれ祝福された最初の預言者。「信仰の父」とも呼ばれる。
ユダヤ教の教義では全てのユダヤ人の、またイスラム教の教義では、ユダヤ人に加えて全てのアラブ人の系譜上の祖とされ、神の祝福も律法(戒律)も彼から始まる。
アラビア語ではイブラーヒーム (ابراهِيم, Ibrāhīm) と呼ばれる。
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[編集] 聖書におけるアブラハム
旧約聖書冒頭の創世記の11章から25章にかけて描かれている。
[編集] 誕生
人類最古の文明が発祥したメソポタミア地方カルデアのウル(現在のイラク南部)において、テラの子アブラム(אַבְרָם、Abram)として生まれる。伝承では、アブラムはウル在住の時点で既に真の神を信じ、神から啓示を受けていたとされている。
[編集] ハラン時代
テラは、その息子アブラムと、孫でアブラムの甥に当たるロト、およびアブラムの妻でアブラムの異母妹に当たるサライ(のちにサラ)と共にカナンの地(ヨルダン川西岸。現在のパレスティナ)に移り住むことを目指し、ウルから出発する。しかし、途中のハランでテラ一行は住み着く。
[編集] 75歳、ハランでの神からの預言
アブラムは、父テラの死後、神から啓示を受け、それに従って、妻サライ、甥ロト、およびハランで加えた人々とともに約束の地カナン(パレスチナ)へ旅立つ。アブラム75歳の時のことである。以下は、その時の神の啓示。
「あなたは、
あなたの生まれ故郷、あなたの父の家を出て、
わたしが示す地へ行きなさい。
そうすれば、わたしはあなたを大いなる国民とし、
あなたを祝福し、
あなたの名を大いなるものとしよう。
あなたの名は祝福となる。
あなたを祝福する者をわたしは祝福し、
あなたをのろう者をわたしはのろう。
地上の全ての民族は、あなたによって祝福される。
(旧約聖書 創世記12:1~3 日本聖書刊行会の新改訳聖書より引用)
[編集] シェケムでの神からの預言
アブラム一行がカナンの地(パレスティナ)に入ると、シェケム(エルサレムの北方約50km)で神がアブラムに現れ、
と預言される。アブラムは、自分のために現れてくださった神のため最初の祭壇をシェケムに築く。その後、アブラム一行は更に南下してベテルとアイの間(エルサレムの北方約20km)に移り住む。動し、ベテルとアイの間にも神のための祭壇を築き、神の御名によって祈る。
その後、ネゲブ地方(カナン南部の高原性乾燥地帯)が飢饉に襲われたため、アブラム一行は揃ってエジプトへ避難する。 見目麗しい妻サライが原因で自分が殺害されることを恐れたアブラムは、妻サライに自分の妹とだけ称させることにした(実際、サライは、アブラムの異母妹であった)。そのサライがエジプト王の宮廷に召し抱えられたため、アブラムは一大財産を築く。神は、アブラムの妻サライがエジプト王の妻とされてしまっていることでエジプト王とその家とをひどい災害で痛めつける。エジプト王は、神がアブラム側に立っている事態を理解したので、アブラム一行を彼らの全ての所有物と共にカナンの地へ送り出す。
アブラム一行は、ベテルとアイの間の祭壇のところまで戻り、神の御名によって祈った。アブラム一行は既に家畜も奴隷も金銀財産も十分持ち過ぎていたので、アブラムがカナン地方(ヨルダン川西岸)を、ロトがヨルダンの低地全体を選び取って住み分け、ロトは、のちに東のほう、ヨルダン川東岸に移動した。なお、ロトがヨルダンの低地を選び、移り住んだ時点では、そこにはまだソドムとゴモラが存在しており、これらの都市は神の怒りによって滅ぼされる直前であった。
[編集] ヘブロンでの神からの預言
アブラムとロトとが分かれた後、アブラムに神から以下のような預言が下された。
「さあ、目を上げて、あなたがいる所から北と南、東と西を見渡しなさい。
わたしは、あなたが見渡しているこの地全部を、永久にあなたとあなたの子孫とに与えよう。
わたしは、あなたの子孫を地のちりのようにならせる。もし人が地のちりを数えることができれば、あなたの子孫をも数えることができよう。
立って、その地を縦と横に歩き回りなさい。わたしがあなたに、その地を与えるのだから。
創世記14:14~17 日本聖書刊行会の新改訳聖書より引用
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教を信じるいわゆる聖典の民は、いずれも彼を唯一神が人類救済のために選んだ預言者として篤く尊敬し、祝福する傾向が強い。そのため、これらの宗教は「アブラハムの宗教」とも呼ばれる。
アブラハムは、かつてはアブラムであった。そのアブラムを神の指示によりアブラハムに変更させられている。 この故事にならったかのような母音付加が、これ以後、この地方の言語にはよく見受けられる現象となる。同時に、このことが古代ヘブライ語や古代アラム語の正確な読みをわかりにくくさせている原因となっている。これは、典型的な通俗語源の一種であるとされている。
彼は老齢(カランを出発したときは75歳)になっても嫡子に恵まれなかったが、神の言葉
「天を仰いで、星を数えることができるなら、数えてみるがよい。」「あなたの子孫はこのようになる。」(創世記15:5 新共同訳聖書より引用)
の通り、後に老妻サラ(サライ)との間に嫡子イサク(イツハク)を授かる。ユダヤ人はイサクの子ヤコブ(ヤアコブ)を共通の祖先としてイスラエル12部族が派生したとし、アブラハムを「父」として崇め、また「アブラハムのすえ」を称する。
一方でイサクの異母兄に、妾ハガルから生まれた一子イシュマエル(イシュマイール)があり、旧約聖書の伝承では彼がアラブ人の先祖となったとされる。旧約聖書の伝承について、それは改竄にもとづく誤りを含みつつも神の言葉を伝えた啓典であると考えているイスラム教の伝によっても同様であり、アラブ人はアブラハム(イブラーヒーム)とイシュマエル(アラビア語ではイスマーイール)を先祖とみなしている。イスラム教の立場では、アブラハムとはユダヤ教もキリスト教も存在しない時代に唯一神を信じ帰依した完全に純粋な一神教徒であり、イスラム教とはユダヤ教とキリスト教がいずれもアブラハムの信仰から逸脱して不完全な一神教に落ちた後の時代に、アブラハムの純粋な一神教を再興した教えであると考えられた。
また、すべてのユダヤ教徒の男子はアブラハムと神との契約により、生後8日に割礼を受ける定めである。なお、イスラム教徒(ムスリム)も生後7日目から12歳までの間に割礼を行うが、ユダヤ教とは違ってとくにアブラハムに由来する法とは考えられておらず、宗教的義務ではなく共同体の慣習に過ぎないとみなす法学派が有力である。
アブラハムの墓廟はパレスチナのヨルダン川西岸地区ヘブロンにあり、ユダヤ教とイスラム教の聖地として尊崇されている。
[編集] 歴史上のアブラハム
考古学の成果;
[編集] 男性の名
アブラハム、イブラーヒームの名は、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教ともにアブラハムを尊敬しているため、世界的に非常によく男性の名として使われている。キリスト教では古くはあまり使われていなかったが、プロテスタントでは、カトリックの聖人と同じ名になることを避けて旧約聖書の人名を用いることが多いため、近世にアブラハムと名付けられたキリスト教徒が増加する。アメリカ第16代大統領リンカーンのファーストネームもアブラハム(Abraham:英語読みではエイブラハム)である。
[編集] 関連項目
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