割礼
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割礼(かつれい)とは、宗教習俗上の理由で行われるもので、性器の包皮(など)を切除すること。
「男性」に対するものと「女性」に対するものがあるが、単に割礼という場合は、少年期の男子に対して陰茎の包皮を切除するものを指す(女性に対するものは後述)。
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[編集] 概要
古来より中東の民族を中心に行われ、エジプトやユダヤの社会などで行われていた。しかし、割礼習慣のないギリシア人・ローマ人などから見ると、嫌悪すべき野蛮な風習とされた。
また、昨今では、衛生上の観点から、おもに新生児の男児の男性性器の「陰茎の包皮」を切除する場合もある。このような、宗教上の意味合いをもたない場合には割礼というべきではなく、「陰茎包皮切除」と呼ぶべきである。
ユダヤ教やイスラム教、アフリカの諸民族などでは、宗教的な意味合いから行われる。アメリカ・フィリピンなどで多くは、衛生上の観点から行われており、宗教習俗上の意味合いを持たないため、割礼と呼ぶべきではない。日本でも、衛生上の観点などから行うケースがある。包皮の切除自体は宗教習俗の違いこそあれど熱帯や乾燥帯に住む世界各地の人々に見られる傾向があり(あるいは起源を持ち)、元々は衛生環境が悪化しがちの気候に住む人々の経験に基づく衛生予防上の習慣だったものが、宗教習俗上の意味合いを持つことで、宗教習俗の広がりと共により普及したと見られる。
[編集] ヘロドトスの記述
ヘロドトス(前484年-前425年)は『歴史』の中で、エジプト人・エチオピア人が昔から割礼を行っている、と書いている。
[編集] ユダヤ教
『創世記』17:9-14には、アブラハムと神の永遠の契約として、男子が生まれてから8日目に割礼を行うべきことが説かれている。(ヘブライ語のBritは契約を意味するが、割礼の意味でもあるという)。ユダヤ教では、この伝統を引き継ぐ。
[編集] イエスの割礼の日
カトリックのカレンダーでは、12月25日にイエスが生まれたことになっているので、8日後に割礼を行うユダヤ人の習慣から1月1日が、キリストの割礼の日である(とされる)。
[編集] キリスト教布教
キリスト教成立後、ユダヤ人以外の異邦人に対して伝道を行う際に、改宗した異邦人(割礼をしていない)に対して割礼を行うかどうかが大きな問題になった。パウロは「イエスの教えは律法を守ることではないから、割礼は必要ない」と主張したが、教団内では割礼をすべきだという強い批判もあった(「使徒行伝」15:1-29、「ローマ人への手紙」2:25-2:29、「コロサイ人への手紙」2:11など。)。ただし、パウロも一方では弟子のテモテ(父がギリシャ人で割礼を受けていなかった)に対して割礼を行っているが、これはユダヤ人に伝道するために必要な措置であったという。仮に改宗時に割礼を強制していたら、キリスト教の布教の仕方もだいぶ異なっていたかもしれない。(割礼を行わないギリシア人・ローマ人は割礼の風習を忌み嫌っており、割礼をした者とは食卓を共にすべきではないと考えていたらしい)
[編集] イスラム教
イスラム教のコーランには特に規定はないが、ハディースにこれに関する記載がある。伝説であるためこれに関する解釈は一定ではないが、イスラム教徒の男児は身体を清潔に保つため伝統的に行われてきた。時期は生後7日目に行う場合から、10-12歳頃までの場合など幅がある。年齢が高いものは成人儀礼に近くなると考えられる。昔は割礼は床屋や占い師、施術に慣れた者が行っていたが、現在は外科医が行う事が多い。割礼を行ったことを地域でお祝いする習慣がある。割礼を行っていない者が成人になってからイスラム教に改宗した場合は、解釈が一定ではないため必ずしも強制ではないが、なるべく割礼を行ったほうがよいとされる。
[編集] 割礼を行う国
多くの男子が一般的に割礼を受ける国としてはイスラム教国が目につくが、宗教だけが理由ではない。アメリカなど宗教というより衛生上の理由で行われている国もあり、宗教上の意味を持たないので、割礼と呼ぶべきではない。
[編集] 東南アジア・東アジア
[編集] 中央アジア・西アジア
アフガニスタン、バングラデシュ、パキスタン、アルバニア、エジプト、イラン、イラク、イスラエル、クウェート、レバノン、リビア、シリア、トルコ、トルクメニスタン、アラブ首長国連邦、イエメン、サウジアラビア、タジキスタン、ウズベキスタン、モルディブ、アゼルバイジャン、バーレーン、カザフスタン、カタール
- 主にイスラム圏
[編集] アフリカ
エリトリア、エチオピア、アルジェリア、ガーナ、ギニア、モロッコ、ニジェール、ナイジェリア、南アフリカ、トーゴ、チュニジア、ベニン、カメルーン、チャド、ジブチ、ガボン、ガンビア、マダガスカル、マリ、モーリタニア、ケニア、コンゴ共和国、シエラレオネ、ソマリア、スーダン
[編集] アメリカ
- 米国では宗教との関連ではなく、衛生上の理由および子供の自慰行為を防ぐ目的などの名目で19世紀末から包皮切除が行われるようになり、特に第二次世界大戦後、病気(性病、陰茎ガンなど)の予防に効果があるとされ、普及するようになった。また、医療従事者に割礼を行う宗教の信徒が多く、包皮切除に対する違和感が低かったため、という指摘もある。
- 1990年代までは生まれた男児のほぼ全数が出生直後に包皮切除手術を受けていた。アメリカの病院で出産した日本人の男児が包皮切除をすすめられることも多かった。しかし衛生上の必要性は薄いことが示されるようになり、手術自体も新生児にとってハイリスクかつ非人道的との意見が強まって、1998年に小児科学会から包皮切除を推奨しないガイドラインが提出された。これを受け、21世紀に入ってからは包皮切除を受ける男児は全米で約6割に減少している。
- また、「身体の統一性」および「自己の決定権」という意識から、生まれたときに勝手に行われた包皮切除を嫌い、包皮の復元手術を行い「ナチュラル・ペニス」にしようとする人も少なくない。
- また、アメリカ大陸先住民の中には、ヨーロッパ人到達以前から成人儀礼として包皮切除を行っていた部族もあった。
[編集] 太平洋
- 成人儀礼として行われている(?)
[編集] 割礼の問題
[編集] 手術の危険性
割礼そのものは常に傷口からの化膿の危険性があり特に抵抗力のない幼児に対する危険性は大きい。新生児に対する割礼では、医師が誤ってペニスを切除してしまった例もあり、その危険性が指摘されている。
南アフリカなどでは、施術者がずさんな割礼術を行ったり、自分で割礼しようとする男子が多く大怪我をしたり死亡する者が後を絶たない。
[編集] 快感の減少
真性包茎やカントン包茎の場合は性交に支障が出る。しかし、仮性包茎の場合は別である。欧米では様々な理由から包皮の再生を行う人が多い。
包茎の余った皮の部分には、性感帯があるためそこを切った場合には快感が低下する。また、皮が余っている場合包皮のスライドが起こるが、これは女性側にとって自然の潤滑剤として利用される。また、包茎の皮は亀頭を保護する役割もある。包皮が全くない状態であれば、老人になるにつれ亀頭が鈍感になり、ぱさぱさの亀頭になる可能性がある。
[編集] 割礼と病気
[編集] 性感染症
性病は、包皮切除をしていれば症状が発生しにくい。この原因としては「包皮が取り除かれ、亀頭粘膜が角質化するため」、「性交後に膣分泌液が包皮の裏に残らなくなるため」、「性器が乾きやすくなるため、ウイルスが粘膜上で生存する可能性が低減される」、「包皮には性感染症の標的となる細胞が多数存在するのだが、包皮を切除することによってその標的細胞の数が減るため」といった理由が考えられている。
だがいずれも複数の異性との無分別な性行為をしなければ感染のリスクは低い。ただし、複数の異性との無思慮な性行為を常とする男性の場合には、性行為に伴う性病感染予防の観点からは利点は存在する。また、包皮の有無に関わらず多くの性病に関しては陰茎の洗浄を行っているかが重要である。ウィルスが表面上に滞在する期間によって感染率が異なるのであれば、性行為後に念入りな洗浄を行えば包皮の有無は関係しなくなる。
また、性感染症のリスクは感染源のウィルスを持つ女性器への挿入時間によっても大きく異なることになるが、一般に包皮を持つ男性は亀頭が刺激に慣れていないため包皮が無い男性に比べて射精までの時間が短いと言われている。つまりウィルスの滞在期間や滞在箇所の湿度、環境にのみ観点を置く限りは包皮の有無と性感染症の関連性を実証出来ない。
[編集] AIDS
包皮切除(割礼)を受けている男性は、受けていない男性よりも大幅にHIV陽性率が低い、もしくはエイズ罹患率が低いという話もある。現在イスラム圏である西アフリカのエイズ罹患率が南部アフリカよりも大幅に低いのは、割礼(包皮切除)を受けている男性の割合が高いことが一因であるという研究もある。この原因はHIVウィルスの対象となるCD4陽性T細胞やランゲルハンス細胞が包皮に多くあり、それが切除されるためと言われている。
実際、ベルトラン・オーベルトの研究(成人に割礼を行わせ、「受けた群」と「受けない群」の2群を比較した)などを見る限り、割礼はエイズ感染に何らかの予防効果を持つ。ただ、オーベルト自身は安易にその事実を持ち出して割礼を受けさせる事は、複数人との安易な性行為の増加につながりかねないという警告を同時に行っている。
インドでは 1993年から2000年にかけて HIV 未感染の男性2298人についての追跡調査が行わた。約1年間の調査期間中に感染が見られたのは割礼を受けている191人中では2人であったが、受けていない 2107人では165人に感染であった。
介入試験ではフランス国立エイズ研究機関(ANRS)により南アフリカで男性3000人に対して実施された試験では感染率は約1/3になるとされ、 イリノイ大学によりケニアで男性2784人を対象に行われた試験では60%のリスク低減が、ジョンズ・ホプキンス大学によりウガンダで男性4996人を対象に行われた試験では51%のリスク低減が判明している。これらの試験はいずれも途中で、試験の中止および被験者全員への割礼が勧告されている。
[編集] 亀頭包皮炎
統計によれば実際には亀頭包皮炎には全体の3%ぐらいしか罹患しない。また、哺乳類の動物全ても発情時以外では皮が被っており、基本的には性器を一回も洗浄しないが炎症は起こらない。そのため割礼は、危険因子を減少させる作用はあるにせよさほど関係ない。
[編集] 割礼と美容
割礼は美容に良いとも言われる。陰茎包皮が存在しないことにより男性機能の誇示を目的としその結果として性交渉の際に相手へのセックス・アピールになるのであればその効用は否定できない。ただ、陰茎を浴場以外で公に見せるのは公序良俗に反する行為であり、陰茎を他人に見せることはあまりないため別に割礼せずとも問題はない。
なお、陰茎包皮切除術の術式のなかには、術後の外観があからさまに包皮切除術をうけたと解る状態になるものもあり(いわゆるゼブラ状の陰茎。根元に近い筒の部分には色素沈着がみられるが、切除部よりも先端側には色素沈着がみられない)、これなどは美容の観点からは著しくマイナスに働くことになる。また、包茎による男性性器の性交渉機能の劣位性というものは、真性包茎もしくはカントン包茎でもない限り存在しない。
また、女性に対する労わり、テクニックのなさを無理矢理包茎に結び付けている場合もあり、こういった場合は包茎ではなくメンタルヘルスの問題である。
[編集] 女性への割礼
女性に対する割礼も一部の国では行われている。陰核、陰核包皮、小陰唇、大陰唇の切除、陰部封鎖などがあり、アフリカの一部などで今日でも行われている。非衛生的な環境で行われることもあり、後々まで障害が残って苦しむ女性がいるため、人権侵害だとして抗議の声が上がっている。この割礼の目的そのものが、男性割礼の持つ宗教的意義の源泉が衛生上の生活習慣由来と考えられるのに対し、女性の性欲、性感覚の低減を目的とすると考えられている。 必ずしも宗教的意味合いを持つとは限らないため「女性器切除」と呼ぶことがある。