オーバークロック
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オーバークロック (Overclocking) とは、デジタル回路を定格を上回るクロック周波数で動作させる行為。消費電力や発熱の増加、信頼性・安定性の低下を受容しつつ、より高い処理能力を得るために行われる。主として、動作クロックの変更が容易なx86 アーキテクチャのパソコン用CPUに対して実施される。また、これを行う人のことをオーバークロッカーと呼ぶ。
Intel 486以降のx86 アーキテクチャCPUでは、動作クロックはFSB周波数(外部クロックとも呼ぶ)とクロック倍率の積として設定でき、汎用的なマザーボードでは多種多様なCPUの品種に対応できるよう、あらかじめ二つの値を何らかの方法で変更できる機能が備わっている。この二つの要素を定格以上の組み合わせに設定することで過大なクロック周波数をCPUに与えることができる。
オーバークロックは、「クロックアップ」「ブースト」と呼ばれることもある。前者は和製英語の一つであり語句の意味としてはオーバークロックと全く同じである。後者はオーバークロックも含む、システムに過負荷をかけて高性能を得る行為全体を指す、広義の語句である。反対の概念はアンダークロックである。
定格とは違う速度で動作させることはCPUなどに限らずマザーボードなどにも負担がかかり、機器の破損等のリスクがある。万一それによって機器が故障しても保証の対象外とする店舗やメーカーが多いため、実行する場合は自己責任で行うべきとされる。
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[編集] 方法
- 半導体製品のマージンを見込む。
- CPUやメモリ等は工業製品であり、最悪の条件の下で本来の性能(定格)を出荷した全ての製品が満たすようにある程度の余裕をもって製造されている。このマージンを期待し、定格以上のクロックを加えて動作させる。仕様上定められた動作条件の範囲で最高の温度におかれた時、且つ電源電圧が最低の時でも、定格通りの性能を発揮する様に製造・選別されており、より低温、高い電源電圧であれば、マージンが広がる。そのマージン部分も使って動作クロックを向上させる。
- 商品が潜在的に持つマージンを抽き出す。
- 半導体製品は個々に特性が異なり、選別の過程を経て商品のグレード(動作スピード)を分けて出荷される。その際、高い性能を持つ商品が、低グレードの性能試験のみをパスして、低グレードの商品として出荷される事がある。この様な商品を選んで、低グレードの定格に定められた以上の高クロックを与える。商品の特性はロット単位でばらつきがあると言われ、特定のロットの商品がオーバークロックしやすいと評判になれば、それを指定して購入する事も行われる。(歩留まりの項目も参照のこと。)
- CMOS半導体のスイッチング速度を向上させる(高電源電圧)
- CMOS半導体は、加える電源電圧が高いほどスイッチング速度が向上するという特性を持つ(「カツ入れ」を参照)。この特性を利用し、前項のマージン以上のクロックで動作させることが可能となる。ただし、スイッチング速度の向上と引き換えに消費電力が増大し半導体素子の温度が急上昇するので大がかりな冷却が必要となり、また、加速劣化試験を実施しているのと変わらない状況であるので半導体の寿命が短縮する。
- CMOS半導体のスイッチング速度を向上させる(低温)
- 同じくCMOS半導体は、低温において動作速度が速くなる。そのため、大掛かりな冷却手段を講じて温度を下げ、動作クロックの向上を図る。冷却手段としては、空冷、水冷、ペルティエ素子による冷却、液体窒素冷却などがある。
[編集] ”カジュアルな”オーバークロック
半導体に詳しくない人でも可能な行為として、ハードウェア自体に特別な加工を施さず、安価なCPUとメモリを高クロックで動作させる方法がある。より高価なCPUに近い処理能力を得ることで得をした気分になることや、ベンチマークで好成績をおさめることを目的とする。ベンチマークの試合が行われる際、一般的にはこの”カジュアルな”オーバークロックのみ許可され、後述のハードウェアを改造するオーバークロックは許可されない。
[編集] 設定方法の推移

1995年頃に出回ったマザーボードでは、特定の位置にあるジャンパピンの差し替えを行ってクロック周波数を変更を行った。その方法はマザーボードの説明書に明示されていたのでわかりやすい反面、抜き差しが面倒だった。1997年頃からはジャンパピンの代わりにディップスイッチを備える製品が主流となり、ジャンパピンより楽に変更できるようになったが、いちいちケースを開かなくてはならず、やはり面倒だった。これら二つの方法は、物理的なスイッチを介して設定を行う都合上、クロック周波数および倍率の設定できる組み合わせは限られていた。
1999年頃になるとBIOSの設定画面で変更できるようになり、面倒さは大幅に改善された。2000年頃からはWindows用のブースト支援ツールを同梱する製品が現れた。ブースト支援ツールではオーバークロックを安全かつ確実に行えるよう、クロック周波数・電源・冷却ファンの回転数などを統合して管理できるようになっている。そして、このような設定ツールを同梱するマザーボードの増加に伴い、従来は「禁じ手」とされたオーバークロックが、むしろ一種のセールスポイントのように扱われるようになってきた。
もちろんのことではあるが、たとえこのようなツールを用いたとしてもすべての製品で一様にオーバークロックができるわけではなく、何らかの事故に遭遇しても一切の補償は行われないことに注意したい。
[編集] リスク
カジュアルなオーバークロックは、上記いずれかの方法でFSBの周波数・CPU内部でのクロック倍率・CPUやメモリへの供給電圧を上げ、ヒートシンクを良く冷えると言われているものに交換する程度である。そのため、マザーボード上のDC-DCコンバータの能力不足やオーバーロードによるMOS-FETの焼損、温度上昇によるアルミ電解コンデンサの容量抜け、クロック上昇による消費電力の増大に伴う電源負荷の増大、PCIバスの規定以上のクロック動作に伴う信号化け等々の不具合を起こすことが多く、最悪の場合火災が発生するので注意を要する。また、加速試験を行っているようなものなので、システム構築当初は問題なく稼働しているように見えても、数カ月後に破綻する事が多いので注意を要する。
少なくとも、半導体メーカが提供するCPUやチップセットのデータシートを参照し、オーバークロック状態で消費する電力を供給できる電源ユニットに交換し、筐体内に充分なエアフローを確保する程度の事は行うべきである。特に夏期においては、充分に冷房の効いた室内で行うのが得策である。冷却は大切だが、この点を過剰に意識して部品類に結露させるようなことは設定の如何に関わらず失敗に直結する。
いくらカジュアルなオーバークロックであっても、リスクは常に存在していることを忘れてはならない。そして、リスクを受容できないなら安易に試みるのは避けた方がよい。一度に大きな変化を付けるのではなく、ほんのわずかな変更を行い、ベンチマークによる計測などの動作確認を繰り返し、納得のいく状態に近づけるのがオーバークロックの基本である。
同じCPUによっても、ロット(製造工場や出荷時期)の違いによって許容できる過負荷のマージン(許容範囲)がそれぞれ異なる。オーバークロッカーたちは情報交換を通じどのロットのマージンが広いか、狭いか、またどのように出回っているかを入念に調べている。販売店によってはそのようなユーザに対し好意的な取り扱いを行うところもあるが、全く逆の対応を示すこともある。大手業者の通信販売の場合はロットの指定はできない。
また、たとえマージンの広い品を手に入れたとしても、定格以上の設定で動作しないといって不良品だと訴えることはできない。特に1996年頃からオーバークロックが簡単にできるようになった関係で、興味本位で行った結果「不当な」クレームを行うユーザが頻繁に現れ販売店が当惑する事態に陥った。どのような使い道であれ、定格外に設定した時点で(アンダークロックの場合も含む)製造メーカーも、販売店も保証を行う義務がなくなることを留意したい。
オーバークロックを成功させる上では電源のことに意識を向けなければならない。クロック周波数の増加は消費電力の増加と、発熱の増加に直結する。したがって、定格で用いるよりも少し高めの電圧をCPUに供給しなければならない場合が一般的であるが、そのことが発熱を増やすため安定度がより失われることにもつながる。場合によっては定格よりも少し低めの電圧をCPUに供給してやるとうまくまとまることもある。このあたりには確実な公式は存在しないので、納得できるまでトライ&エラーを繰り返すことになる。詳しくはカツ入れの記事を参照されたい。
市販されている自作パソコン用の電源ユニットに表記されている出力電力値は数秒間のピーク値であり、実際はその60%~70%の定格でしかない。逆に、メーカ品のPCに組み込まれている電源の容量は一見小さく見えるが、前述の定格値が記載されているためであり、その値の電力を連続して供給することが可能である。電源ユニットの選定は、自作パソコンの分野において難度の高いテーマである。仮に希望する電力が充分に得られたとしても電源にノイズが混入していたり、電源の供給を受けるマザーボードの方が粗雑・低性能ならば良い結果を得られる確率が減少する。
その関係で、かつてはPCケースに電源ユニットが組み込まれた姿で販売されるのが常だったが、電源別売りのケースが徐々に増え、また電源ユニットが組み込まれているPCケースであっても、電源を外して購入できるようになってきている。
電源の問題を万全に解決するにはオシロスコープなどの計測機器や、アナログ回路(特に電源関係)についてのスキルがどうしても必要であるため、それを持たない大多数のオーバークロッカーについての解決策は、口コミで評判の良い電源ユニットを買うか、手持ちの電源で何とかできる範囲で収めるかである。
カジュアルなオーバークロックには三つの終わり方がある。一番目は、過度な設定と許容範囲の狭いパーツが合わさり、故障してしまうことである。二番目は、オーバークロックを一種の実験とわりきり、定格に戻してしまうことである。三番目は、良い意味での妥協点を見つけ、最高性能のセッティングではなく、定格以上で最良の可用性を得られるセッティングに収束させることであり、これがカジュアルなオーバークロックのハッピーエンドである。
[編集] K6-2プロセッサによる実施例
実施例として、AMDのK6-2プロセッサの233MHz品をMSI社のMS-5169マザーボードで試験する例を挙げる。この製品の定格は、FSB周波数が66.6MHzで、クロック倍率が3.5である。このマザーボードではFSB周波数を 66.6MHz, 75MHz, 83.3MHz, 100MHzの4つから選択でき、クロック倍率は1.5倍, 2倍, 2.5倍, 3倍, 3.5倍, 4倍(隠し設定)を選択することができる。
これをオーバークロックさせるために3つのアプローチを行った。
- FSB周波数を高くする
- 66.6MHz × 3.5倍 = 233MHz → 83.3MHz × 3.5倍 = 291.5MHz
- この設定は実際に動作しなかった。定格に比べ大幅な動作周波数を要求したため。
- クロック倍率を高くする
- 66.6MHz × 3.5倍 = 233MHz → 66.6MHz × 4倍 = 266.4
- 一応動作するものの極めて不安定であり、実用にはならなかった。クロック倍率が隠し設定であるためか、CPUそのものが耐えきれなかったのかは不明。
- 元の周波数に近い設定を行う
- 66.6MHz × 3.5倍 = 233MHz → 83.3MHz × 3倍 = 250MHz
- 66.6MHz × 3.5倍 = 233MHz → 100MHz × 2.5倍 = 250MHz
- 両方とも安定動作し、実用上十分な性能向上を得ることができた。両者の見かけ上の周波数は同じだが、性能は後者の方が高い。
[編集] オーバークロックすること自体が目的なオーバークロック
前節の語句と対照させると、ハードなオーバークロックと呼んでいいだろう。カジュアルなオーバークロックは、コストパフォーマンスを改善する可能性が含まれているが、こちらは実用性やコストパフォーマンスを一切顧みず、とにかく高クロックで動作させることのみを目的とし、マザーボード上のDC-DCコンバータに手を入れるのは序の口、CPUやメモリは選別品を用い、冷却にはペルティエ素子を併用した液冷や炭酸ガス冷却・液体窒素冷却など「これをパソコンに使うか?」的手法を当然のごとく行い、まさにドラッグレーサーのような構成を取る。定格166MHzのMMX Pentiumを生ビール用炭酸ガスによって冷却することで、300MHz以上での動作に成功したり、2005年には液体窒素冷却でPentium4 670番プロセッサを7.4GHz台に乗せたりといった実例が過去に存在している。
当然ながら家庭で作業するならば同居人の了解が必要だろう。了解が得られないならば、見放され、呆れられるくらいにまで没頭しなければこの作業を続けるのは難しい。これは推奨される行動では無い事を肝に銘じるべきである。
ベンチマークの試合においては、このようなスタイルでオーバークロックされたマシンには参加資格がない場合と、別枠・別条件で参加できるようになっている場合がある。カジュアルなオーバークロックによる試合は、「記録会」のような雰囲気になるが、ハードなオーバークロックされたマシンが多数集う試合は、情け無用のデスマッチにちかい緊張感を漂わせる。
ハードなオーバークロックは、自動車やオートバイのレーシングに相通じる。例えば、市販自動車のタイヤは少なくとも1年くらいは良好な状態で使えるように設計されているが、競技用車両に用いるタイヤは「そのレースだけ」あるいは「想定した周回数分だけ」まともに使えればよいとされている。この考えと同様に、試合に勝つことを主目的に行われるオーバークロックにおいては、その試合で必要と想定された時間だけまともに動けばよいという考えで非常に極端なチューニングが施される。
仮に、その試合において必要と思われる時間が10分間だったとする。そこで勝つには、10分間まともに走るようにチューニングするのではなく、9分間まともに走るようにチューニングし、その試合を9分以内で完了させるようにするわけである。また、レーシングカーの構成部品は実質的に使い捨てに近いのと同じく、このようなオーバークロックで用いられるマシンの主要部品も使い捨てに近い感覚で取り扱われる。過度の負荷をかけるため、1度は耐えられたとしても2度耐えられないほど内部で損傷していることがあり得るからだ。こうして数万円もするCPUを一発で発火させたりすることは、マニアにとっては日常茶飯事である。
オーバークロックマニアの間では、オーバークロックした上で、単純に周波数を競う者や、あるいはオーバークロックした上でさらにベンチマークを走らせ、そのベンチマークを競うものなどが存在する。どちらにおいても、証拠写真であるスクリーンショットを撮ってインターネット上にアップロードして発表することで正式な記録とすることが多い。周波数を競うものでは、定格3.8GHz程度のCPUで、6GHz超で動作させることも行われた。
[編集] オーバークロックの手法
- クロックオシレータ交換
- Z80や6502の世代から行われていた伝統的な手法である。近年では、原発乗っ取りなどと表記することもある。クロックオシレータを本来の周波数より高い周波数のものに交換することにより、CPUを高い周波数で作動させる。この方法は、CPU以外のパーツにも影響が大きく、キーボードが正しく操作できなかったり、ディスクドライブへのアクセスが不安定になることなどが見受けられた。
- 倍率変更
- Pentium登場後、FSBとCPU内部クロックが異なるようになり、CPUは内部の倍率を外部から決定できるような構造を持つようになった。通常、この目的の為にマザーボード上にジャンパスイッチが存在し、これを利用することでより低クロックで安価なCPUを高い倍率で動作させる、本記事の用語でいうところのカジュアルなオーバークロックが流行した。この手法の旬はPentium IIのFSB 66MHz辺りであったが、CPUの倍率変更機能を悪用したリマーク品が横行(例えばFSB66MHz×倍率4.5=300MHzのものを5倍に変更し333MHz品として販売する)したため、それ以降のCPUでは規定クロック以下の倍率しか設定できない、若しくは固定倍率になっているため現在では廃れている。もっとも、Athlonの表面のジャンパを閉じたりエンジニアリングサンプル品を利用することで実現可能な場合もある。
- FSB向上
- 低ランクのCPU(Celeron等)を高ランクのCPU(Pentium II等)と同じFSBで動作させる事で全体的な性能の底上げを期待する方法。BIOS画面等で簡単に設定できるため、現在のカジュアルなオーバークロックの主流となっている。
- 倍率変更・FSB向上におけるアドバイス
- 同じ(あるいは近い)周波数になる組み合わせであっても、FSBを高くして倍率を小さくする設定の方が高性能になる。FSBはCPU以外のメモリやチップセットといったシステムを構成する主要パーツにも供給されているからだ。ただし、FSBの周波数に伴って、PCIバスやAGPバスの動作クロックが変わってしまうマザーボードでは、問題を抱えることがある。
[編集] PC以外のオーバークロック
パーソナルコンピュータ以外の電子機器においても、クロックを変更する改造がなされることがある。
[編集] ゲーム機
ゲーム機、特に『ゲームボーイ』を始めとする携帯型ゲーム機において、ゲームソフトの動作速度を変更するという目的でのオーバークロックが、一部のゲーマー達の間で行われている。当然破損等のリスクを伴い、メーカーなどからの保証を受けられなくなるので、実行する場合は自己責任で行うこと。
具体的な手法としては、本体を分解して、内蔵されている水晶振動子を任意の周波数のものと取り替えたり、あるいは並列させるのみである。本来が4MHzの場合、8MHzのものに繋ぎ変えれば、本来の2倍の速度でゲームがプレイできることになる。水晶振動子と(必要なら)スイッチ、あとは半田付けの技術さえあれば比較的手軽に行える。ソフトとの相性にも左右されるが、例えば『ゲームボーイカラー』や『ゲームボーイアドバンス』は本来の2倍前後でも正常動作することが確認されている。なお、少なくとも上記の機種においてはCPUが低速であるため、PCのように発熱などの問題に悩まされることはない。
アクションゲーム等においてスピードアップは単純な難易度上昇に繋がるので、遊び慣れたゲームにも新たな刺激を与えることができる。ロールプレイングゲーム等では経験値やアイテムを効率よく稼ぐことが可能になるので、時間が限られたプレイヤーでも十分に遊び込むことができるようになる。