ジェンダー
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ジェンダーとは
- 文法における性(Grammatical gender)のこと。
- 生物学的性(Sex:the fact of being male or female)のこと。
- 社会科学の分野において、生物学的性に対する、「社会的・文化的な性のありよう」として使われる場合がある。
- 社会学者のイヴァン・イリイチの用語で、「セックス」とは異なる本来的な人間関係のあり方。イリイチはその喪失を批判している。
先天的・身体的・生物学的性別を示すセックス(sex)に対する、社会的・文化的性別のことを一般に日本ではジェンダーという[1]。
一方、欧米においては"gender"は、生物学的性の概念を含み、また文化的な差異とも異なるものとして認められる[2]。
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[編集] 語源と用法
語源はラテン語のgenus(産む、種族、起源)である。共通の語源を持つ言葉としてgene(遺伝子)、genital(生殖の)、genre(ジャンル:仏語)などがある。「生まれついての種類」という意味から転じて、性別のことを指すようになった。
この生物学的性のイメージを基にして、20世紀初頭には、genderはフランス語などにおける有性名詞の性による分類ないし分類クラスをさす文法的な用語として用いられるようになっていた。
1950年代より、一部の社会科学の分野においてgenderは生物学的性よりもむしろ社会学的性の意味で用いられるようになった。しかし1970年代の時点では、genderとsexをどのような意味で用いるかについてコンセンサスは存在しなかった。たとえば1974年版の「Masculine/Feminine or Human」というフェミニストの本においては、「生得的なgender」と「学習されたsex role」という現代とは逆の定義がみられている。しかし同著の1978年の版ではこの定義が逆転している。1980年までに、大半のフェミニストはgenderは「社会・文化的に形成された性」を、sexは「生物学的な性」として使用するようになった。このように、社会科学の分野においてジェンダーという用語が社会・文化的性別のこととして用いられ始めたのは比較的最近のことであることが分かる。
しかし現在、英語圏では、genderは生物学的な性も社会的な性も指す単語として用いられる。前者の場合、単にsexの婉曲あるいは公的な表現として使用されていることになる。
複数の英英/英和辞書において"gender"は、第一に「言語学的性(文法上の性)」として、第2に、古くから使われてきた「生物学的性別(sex)」として記述されている(出典:ジーニアス英和辞典、Websterの辞書)。それらに続き、社会科学の分野において用いられる「社会的・文化的役割としての性」という意味の語として記述がなされることがある(出典:英語版ウィキペディア)。「言語学的性」とは、例えば男性を代名詞でhe、女性をsheと分けて標記するようなことである。「生物学的性(sex)」とは、ロングマン現代英英辞典によれば、"the fact of being male or female(男性または女性であることの事実)"と説明され、male(男性)は「子供を産まない性」、female(女性)は「子供を産む性」と定義される。またヒト以外の動物の雌雄を記述する場合にも用いられる。「社会的文化的役割としての性」とは、その性(sex)から想起される「男らしさ」「女らしさ」といった様々な特徴のことである。
[編集] 「Gender」から「ジェンダー」への誤訳
日本において「ジェンダー(gender)」は、「社会的文化的性差」と誤訳され、間違ったまま用いられる例がいまだに残る。シカゴ大学のフェミニスト、山口智美氏は『バックラッシュ!なぜジェンダーフリーは叩かれたのか?』の中において(281p)以下のように語っている。
『「ジェンダー」定義をめぐる混乱についても、もともと、ジェンダーの定義が導入時に「社会的文化的性差」と誤訳されてしまった、という問題が大きいと思う。英語でいう「ジェンダー」は「性差」ではなく、「社会的・文化的な性のありよう」といった意味合いだ』。
医学の分野では「生物学的な性」として使われる「gender」は、社会科学の分野において時々「社会的・文化的な性のありよう」の意味で現在使われているが、日本におけるように「社会的文化的性差」と翻訳したり、「差別」と同義的使われ方をするのは明確な誤謬であり、今後の是正が必要である。
[編集] 社会的・文化的性の意識の変化
社会と同様に、「ジェンダー」(ここでは社会的・文化的性としての意味)は絶えず変化する。 例えば、ロンドン大学のロバート・プローミンの調査によれば、性によって有意差があるとされる身体・精神機能でも、実際の分布上はその80%は重なっているのが普通である。このデータが表すように、農事主体の家事的労働では家族は男女とも家の周囲で労働することはある程度可能であった。また経済面でも労働力の観点からも、女性に労働させることが不可避でもあった。しかし第二次世界大戦時の連合国および枢軸国では、男性が徴兵され戦場に出向いて銃弾の嵐の中で命をかけている間、女性は主に安全な銃後で兵器工場での製造活動を行っていた。
高度成長期には経済力の高まりと共に性別役割分業が一般市民の生活で発達したが、現代日本では少子化やニートの増加で労働力不足の広がりが懸念され、国家による女性の労働力化が進められている。大企業型の役割分業(専業主婦)よりも、一人で生産から消費まで行うラーメン店主型の「自立」(キャリアウーマン)した暮らしが良いとされ、シングルライフを選ぶ独身者が漸増している。
[編集] 生物学とジェンダー
生物学者は、研究対象が生物学的に雄であるか雌であるかを表現する為にジェンダー(gender)という用語を使う。人間だけでなく、動物、植物、昆虫などの性(sex)を表現するために用いる。sex(性交)との混同を避ける為に、生物学の分野では意識的に用いる必要があったからである。このため、欧米では一般でもジェンダー(gender)は、性(sex)と同義の言葉として婉曲的に用いられるようになった[3]。
[編集] 医学とジェンダー
脳の構造にも性差がみられる。例えば、左右の大脳半球を連絡する約2億本の神経線維の大きな束である脳梁の後部の膨大部は、女性の方が丸みを帯びた形をしており、大脳全体との比率でみると男性よりも大きいという報告がある(ただし脳の容積は男性の方が大きく、脳梁容積の絶対値も男性の方が大きい)。脳梁膨大部は、視覚情報や言語情報の処理に関わる大脳半球間を連絡する神経線維からなっている。脳の構造や容積と、機能の関連は明らかでないものの、このような脳構造の違いが男女の微細な認知機能の差に関係していると推測する人もいる。
[編集] 宗教とジェンダー
【キリスト教】
- 世界人口の4割を占めるキリスト教では、神や天使(神の使い)が男性であるというイメージが保持されており、カトリックでは聖職者の特定の地位になることが男性にしか許されていない。プロテスタントでは女性の聖職者が認められている。
【仏教】
- 世界人口の6%を占める仏教では、仏陀(如来)は、一世界一時代に一人のみが出現可能で、それは必ず男性であるとされている。つまり女性は成仏しない。(ただし、今生に女性であっても、来世に男性として輪廻すれば、成仏する可能性もあることに注意)
- 上座部仏教では、女性は仏陀にこそならないが、修行すれば仏陀と同じ境地に到達できる(阿羅漢果という)とされる。
- また、大乗仏教では、法華経という経典において、法華経の功徳で、女性が今生で男性に変化して成仏する場面が説かれている(変成男子)。
【神道】
- 日本の神道では、明治以降は最高神が女性であるアマテラスとされている。
【アニミズム】
【道教】
- 道教では、陰と陽はそれぞれ女性と男性の属性であり、女性は月に、男性は太陽に支配されていると考えられている。
[編集] 戦争とジェンダー
- 比較的多くの国家で男性に対してのみ徴兵制が課されている(なお、ドイツ、スウェーデン、スイス、ノルウェー、ロシアは近い将来徴兵制の廃止を検討している。「徴兵制」参照)。一方、「男性同盟が戦争を起こす」という言説を行い、「ジェンダー理論が平和を創る」とするフェミニストの言説がある。(出典:『戦争とジェンダー―戦争を起こす男性同盟と平和を創るジェンダー理論』 若桑 みどり著)
[編集] 「社会的文化的な性のありよう」という意味における『ジェンダー』の例
[編集] 具体例
変わらないもの
- 女性は腋毛を剃り、化粧をする。
- 男性はオフィスにおいて、スラックスを着用して勤務する。
変わりつつあるもの
- 女性は家庭内で育児や家事全般を担い、家庭を守る。
- 男性は外で働いて稼ぎ、妻や子どもを養い、家庭を守る。
[編集] 関連文献
- 加藤秀一著『ジェンダー入門―知らないと恥ずかしい』朝日新聞社 (2006/11)ISBN 4023303739
- 上野千鶴子・宮台真司・斉藤環・小谷真理他共著 『バックラッシュ! なぜジェンダーフリーは叩かれたのか?』 双風舎 (2006/06/26) ISBN 4902465094
- 川本敏編『論争・少子化日本』中公新書(2001/05/15)ISBN 4121500067
[編集] 脚注
- ^ 埼玉大学教授の長谷川三千子は『論争・少子化日本』(中公新書)P193で「『ジェンダー』とは(生物学的な男女の差を意味する『セックス』に対して)文化的、社会的な男女の差を指して言う言葉である」と定義している。
- ^ 加藤秀一著『ジェンダー入門―知らないと恥ずかしい』朝日新聞社
- ^ 加藤秀一著『ジェンダー入門―知らないと恥ずかしい』朝日新聞社