ジャイロボール
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ジャイロボール (gyro ball) は、野球において投手が投げる球種の一種。1995年、手塚一志によってその存在が指摘された。
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[編集] 概要
進行方向に回転軸が向いており、ライフル弾のような螺旋回転をしながら進んで行く。右投手が投げた場合は投手から見て時計回り、左投手が投げると反時計回りとなる。[1]
従来の球種と違い、ボールの握りよりもその投げ方に大きなポイントがある。ボールの握り方は一般的な直球であるフォーシームファストボールなどと大差ないが、一連の投球動作にダブルスピン投法、スパイラルリリース、ジャイロリリースといった要素を含み、その独特の投球感覚を掴むことで初めて投げることが可能であると、手塚は提示している。
[編集] 種類
手塚一志の提示するジャイロボールには大別して、フォーシームジャイロとツーシームジャイロの2種類がある。2月22日付の”MAJOR.JP”のコラムで「ジャイロを既存の球種の中にカテゴライズしなければいけないとしたら、スライダーでしょうね」と発言していた。しかしいずれにしても手塚一志は、直球系の球種としてカテゴライズしたい意図がある。
[編集] フォーシームジャイロ
対称ジャイロとも呼ぶ。一般的な直球(フォーシームファストボール)に近いボールの握りで放たれたもので、かつ打者側から見た時に、ボールが対称面を向けて前進する(ボール正面の縫い目等の模様が対称形)。螺旋回転で前進するため、一般的な直球に比べて空気抵抗が少なく、リリースから捕手が捕球するまでの、初速と終速の差(空気抵抗による減速の程度)が非常に少ない。実験によれば初速と終速の差はわずか1%で、球速にして1、2km/h程度である(一般的な直球は10km/h前後の差が出る)。バックスピンのストレートとはボールの軌道が異なり、かつ空気抵抗が少なく打者の予測より早くホームベース上に到達するため、打者はタイミングが掴みづらい。さらにはボールの初速と終速の差、またはボール回転が見せる縫い目模様によってボールが浮き上がる、或いは膨張するような錯覚が生じると説明されることもある。実際はマグヌス力(揚力、ボールを上に持ち上げる力)が働かないので落ちるボールとなり、決してホップはしない。実験でも、マウンドからホームベースの距離(18.44m)で、一般的な直球よりも20cm程度落ちている。回転の縫い目模様が与える視覚的な錯覚についての実験は現在、確認されていない。
[編集] ツーシームジャイロ
非対称ジャイロとも呼ぶ。ツーシームファストボールに近いボールの握りで放たれ、かつボールが非対称面を向けて前進する(ボール正面の縫い目等の模様が非対称)。一般的な直球と同程度の空気抵抗を受け、しかもマグヌス力が働かないため、直球に比べてホームベースへの到達時間が大幅に遅れ、打者に対していくら待ってもボールがやって来ない印象を与える。さらには沈むような軌道を持つ球種だが、スウィングした打者達は何故かボールの下側を空振りする事もある。初速が150km/hの場合で、ツーシームジャイロの空気抵抗値はフォーシームジャイロの5倍に達する。実験により、マウンドからホームベースの距離(18.44m)で、一般的な直球よりも43cm落ちるという結果が出ている。初速に比べて終速が相当に減速する性質はチェンジアップと似ているが、明らかに軌道は異なり、より直球に近い。途中までは直球の球筋そのものであるため、結果、打者は待ちきれず上体が突っ込み、バットの先で引っ掛け内野ゴロとなるケースが多くなる。
[編集] 性質
上記の通り、ジャイロボールは正面に来るボールの縫い目のパターンを変えることで終速が大きく変わる。例えば上記2種をそれぞれ150km/hで投げた場合、ホームベース到達に0.02秒、距離にして80cmの差が出る。ジャイロボールはこの80cmの差を、基本的に正面に向かう縫い目模様を変えるだけで生じさせることができる。厳密には、縫い目の違いからリリースの感覚が多少変わる。手塚の調査によって、ツーシームジャイロはオーバースローやスリークォーターでは投げ損なうことがあり、サイドスローならば投げやすく失投が防げる、といったことが判明している(当然個人差もある)。また、同一投手がフォーシームジャイロとツーシームジャイロをそれぞれ投げると、ツーシームジャイロは終速だけでなく初速も多少遅くなるという減少が確認されている。縫い目の違いからくる微妙なリリースの違いが影響している可能性と、加速フェイズでの縫い目模様からくる空気抵抗値の相違が主な原因ではないかと考えられているが、現在のところ理由は明らかにされていない。
ジャイロボールは回転軸の向きと進行方向が同じため、一般的な直球に生じるマグヌス力が働かない。そのため、重力に引かれて徐々に確実に沈む。前述の実験結果では、フォーシームジャイロで直球より20cm程度、ツーシームジャイロでは43cmも落ちており、沈むという性質がある点ではフォークボールに近いとも言える。
[編集] 派生球種
手塚が「ジャイロボール」として提示しているのは上記2種であるが、手塚とともにジャイロボールを研究し、主に物理解析を行っている姫野龍太郎は、ジャイロボールの回転軸が傾くことで別の変化が生じると予測している。
以下は全て右投手の場合
- 投手側から見て、進行方向右側(三塁側)に回転軸が傾くことでバックスピン回転が生まれ、これがマグヌス力を生み出しホップする(ホップするジャイロボール)
- 真横から見て進行方向側に軸が上向きに傾くと、投手から見て左(スライダー方向)に変化する(スライドするジャイロボール)
- 真横から見て進行方向側に軸が下向きに傾くと、投手から見て右(シュート方向)に変化する(シュートするジャイロボール)
- 投手側から見て、進行方向左側(一塁側)に回転軸が傾くと、ドロップする(大きく落ちるジャイロボール)
ただし、回転軸を傾ける具体的な方法は手塚、姫野ともに突き止めておらず、現状ではあくまで理論でしかない。
[編集] 主なジャイロボーラーとされる投手
ジャイロボールの主要素である「螺旋回転」は肉眼での判別が難しいため、高速度カメラによる映像分析に因るところが大きい。バックスピンのリリースが仮に確認されたとしても、これらは二律背反の命題とはならない。詳しくは全称命題を参照の事。
- 川尻哲郎 - 書籍『魔球の正体』内で、映像分析によりツーシームジャイロを投げていたと断定
- 渡辺俊介 - カーブ[2]・スライダー・がツーシームのジャイロ回転をしていると言われている。また、2007年からはストレートも螺旋回転(フォーシームジャイロ)に着手した。
- 星野智樹-ストレートが螺旋回転(フォーシームジャイロ)している。
- 星野伸之-ストレートが螺旋回転(フォーシームジャイロ)している。手塚一志によって書籍「スポーツトレーニングが変わる本」中で指摘。写真ではボールの対称面が進行方向を向いていた。
- 松坂大輔 - 縦スライダーの高速撮影映像を解析した結果、打者から見て反時計回り(投手から見て時計回り)に回転しており、ジャイロ軸が傾いたものと分析されている[3][4]。ただし、手塚、姫野の判断は分かれており、姫野は上述の派生球種4を満たしたジャイロボールの仲間だと認めている一方、手塚は「ジャイロボールは予測を裏切るボールである」という大前提から、意図的に落としている松坂の縦スライダーは「ジャイロとは少し違う」としている[5]が、松坂本人は自分はジャイロボーラーではないとしたうえでジャイロの存在を認めている[6]。他にも『松坂はキャッチボールでジャイロを投げている』との西武の選手からの証言もある[7]。
- 野茂英雄-手塚一志によれば、野茂の球もまたジャイロの可能性が高いという。(回転を未だ確認出来ていない為。)
- ジェレッド・ウィーバー[4]
- ジェフ・ウィーバー[5]
- ペドロ・マルティネス - フォーシームジャイロを偶然投げていたのでは、と手塚氏が考えている投手[8]。
[編集] 参考文献
- 『魔球の正体』(手塚一志、姫野龍太郎 共著) (2001/10 ベースボール・マガジン社 ISBN 4583036728)
[編集] 脚注
- ^ [1]]
- ^ 丹羽政善 「Eye of the Beat Writer」Vol.34
- ^ 溝田武人「スポーツボールの流体力学」
- ^ 浅野純也「松坂投手の投球の秘密を解析――“Compaq Forum 2000”から」
- ^ 丹羽政善「Eye of the Beat Writer」Vol.31
- ^ [2]
- ^ [3]
- ^ LEE JENKINS「The Japanese Gyroball Mystery」 (February 22, 2007)