ファルセット
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ファルセット(伊語・英語:falsetto)は、歌手が通常の音域よりも高いピッチを作り出すための発声技術を指す。
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[編集] 概要
日本語の裏声と似た言葉である。 日本で「ファルセット」という言葉が使われるのは主に歌唱の際であり、話声に対して適用されることは稀である。 声楽において「ファルセット」が示すものは流儀によって異なり多様化しているため注意が要る。
- ファルセットという言葉の元々の意味は「不適切な声(発声)」「偽りの声」といったものである。十分な音量が出ない、音色的に欠陥がある、言葉がのらないといった理由で歌唱に不適当な声ということである。
- 実際には実声とファルセットの対立を作ることが表現上必要とされ、同時にファルセットの声種的特色を実声に取り込むことも重要視される。
- ファルセットと呼ばれうる声全般に共通の特徴は、高い声が出しやすく、起声が弱く、喉の負担が小さいこと。
[編集] 声区的適用
声区を指す場合、
- ①胸声区(ここでは最も顕な換声点の下の声区)に対して換声点の上(頭声区)の全てを指す。
- ②頭声区(同じく換声点の上の声区)をさらに二つの声区に分けたときのいずれか(高いほうを頭声低いほうをファルセットとするケース、高いほうをファルセット低いほうを頭声と呼ぶケースなど)。
- 諸声区のそれぞれに、実声とペアでファルセットが存在するという捉え方もある。(胸声区には胸声のファルセット、頭声には頭声のファルセットといった具合に)
[編集] 声種的適用
「ファルセット」と呼ばれうる声種(=声色、音色)を細分すると以下のものがある。この言葉の使用者がどれを指していっているのかは注意深く読み取る必要があり、非常に厄介な問題である。また、歌唱者が自分が出している声をファルセットと呼ぶか否かも一律に定まらない。「ファルセットを交えた実声」と「ファルセット」の区別は一般の人にはわかりにくいものがある。初心者が熟練者に対し「(今の声は)ファルセットですか」ときいて睨まれたりすることがたまにあるが、非常に無礼な発言と受け取られかねないものである。
- 芯のあるファルセット
- 多くの場合「芯がある」というより「芯しかない」音である(「芯がある」というのは「地声っぽい」とか「強い」とかいう意味ではない)。倍音が極端に少ない(すなわち正弦波に似た音色である)ため母音が不明瞭であり唱者の個性が出ない。息漏れは少ないが、少なくてすむというよりも、息を増やせない、増やそうとすると破綻するという場合が多い。頭声とは違う(頭声を芯のある裏声と呼ぶ人も多い。絶対間違いというわけではないが音の「芯」というものを誤解している場合が多い)。それなりの音量が出るが頭声ほどではない。男性にしか出ないものとして捉える向きもあり、実際、殆どの女性のように、頭声発声のできるひとは出さない(出しにくい)。声門の中央部は閉じたまま前後端だけが振動するといわれる。ファルセットの日本語訳で仮声というとこの声を指すことが多い。
- 芯の無いファルセット
- 息の漏れる声で芯はなく広がりがある。やや気息的でときにノイジー。弱頭声に同じ。声門閉鎖が弱く(特に声帯後部が閉じないとされる)、「支えがない」などともいわれる。女性がファルセットや裏声といって出すのは殆どがこの声である。(一般の女性は男性の芯のあるファルセットを裏声だとは感じない場合がある。)音色にかなり幅があり倍音の生じ方も多様である、とくに高次倍音が多く母音は明瞭である。息漏れが多いため音量は出ない上、長いフレージングにも難がある。多人数で反響の強い環境で歌うア・カペラ(教会音楽、ミサ曲)や、マイク及びアンプを使うポピュラー音楽では積極的に用いられる。
- 虚脱したファルセット
- 芯はややあるが息漏れもある、ファルセットを上手く扱えない人のファルセットであることが多い。
- 喉を詰めて出すファルセット
- 声帯伸展がなく喉が上がっている(普通、ファルセットは同じ高さの音を胸声で出すときに比べ喉が下がる)。胸声を引きずっていて、声区を分離できていない唱者に多い。下記の、スーパーヘッドボイスを無理やり出している場合なども含む。歌唱訓練において出してはならないとされるのはこういった声が多い。
- スーパーヘッドボイス
- 頭声より更に高い声である。ソプラノの最高音近辺(Aの周辺など)を指してファルセットという場合はこの声。正門の後半が閉じたままになり声帯振動部分が短くなるといわれる。極高声、ホイッスル、フラジオレットなどとも呼ばれる。
- 頭声全般(フランジリンボイスやシャウトなどを含む高い実声)のこと
- 実声の混じったファルセット
- ミックスボイス等は(そういった言葉を使わない流儀では)ファルセットに含まれるばあいがある。
[編集] クラシック音楽作品での使用例
ファルセットは古くから用いられていたが、特定の箇所をファルセットで演奏するように楽譜で定めた作曲家が登場するのは、ずっと後になってからのことである。ドビュッシーの混声合唱曲「シャルル・ドルレアンによる3つの歌」、ラヴェルの混声合唱曲「3つの歌」では、テノールの一部箇所にこの唱法を求めている。ストラヴィンスキーの「きつね」では、低声歌手のファルセットによってコミカルな効果がもたらされている。
1950年代以後声楽にも大きな実験が加えられ、「可能な限り高い音」を出すためにファルセットを使うことが流行した。ジェルジ・リゲティの「アヴァンチュール」、「新アヴァンチュール」、「レクイエム」に見られる。ハインツ・ホリガーはスカルダネッリ・ツィクルスで「全曲がファルセットで演奏される」声楽曲を作曲し、特殊な効果をあげている。
[編集] ポピュラー音楽への応用例
ソウルでは非常にありふれた歌唱技巧で、ロックやヘヴィメタルのボーカリストもこの歌唱法を応用している。アラニス・モリセットは女声歌手ながらもいくつかの楽曲でファルセットを用いている。多くの女性は自然にファルセットを歌うことができる。正規の声とファルセットの違いを女声歌手において見極めることは、男声歌手の場合に比べて容易でない。とはいえ、ホイットニー・ヒューストンやミニー・リパートン、セリーヌ・ディオン、マライア・キャリーは、より高い音域に達するために、たいてい自然な発声からファルセットに切り替えて歌っている。女声歌手の場合はファルセットによって、男声歌手ではめったに出せないハーモニクスを出すこともできる。