ベッドタウン
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ベッドタウンとは、都心への通勤する者の住宅を中心に発達した、大都市周辺の郊外化した衛星都市のこと。住宅都市ともいう。鉄道駅などを中心に自然発生的に形成されたものもあるが、当初から都市への通勤者向けに計画的に造られたものもある。ベッドタウンという言葉には、「寝に帰るだけの場所」という語感がある。英語では、bedroom town、dormitory town、satellite town。bed townは、和製英語。
[編集] 歴史
日本では、明治時代末から大正時代にかけて都市への人口の集中、工場と住宅の混在による環境問題、スラムの発生などが社会問題になった。西欧の「田園都市」思想が紹介され、環境のよい郊外の生活も提唱されるようになった。サラリーマンの増加に伴い、彼らの住居の需要に応えるため、鉄道会社などが、近郊の農村の宅地開発を行なってきた。例として、田園都市株式会社(東京急行電鉄の前身)や、阪急電鉄等による分譲住宅地が造られた。阪急電鉄は最初に沿線開発を始めた会社で、現在の池田市室町に駅前住宅地を分譲し、工業化で大気汚染などが深刻になった大阪市内からのサラリーマンらの移住を宣伝した。同様の例は、アメリカ合衆国のいくつかの郊外鉄道にも存在する。(例:パシフィック電鉄)
第二次世界大戦後、住宅整備公団等が住宅供給を行ったが、多くは郊外部のニュータウンであった。
イギリスで提唱された田園都市の理念は、職住接近を意図し、働く場所と良好な住宅地を計画的に配置したものであった。日本の近郊住宅地の多くはもっぱら住宅供給を目的にしており、混雑した電車でオフィスのある都市部へ通勤し、自宅には寝に帰るだけ、といった勤労者層の平均像を作り上げた。
[編集] 横浜と神戸
横浜は、東京と隣接し、神戸は、大阪に隣接しており、ともに「ベッドタウン化」などの問題を抱える。
横浜は、その経緯からみても東京の外港であり衛星都市でもあるが、戦後の首都圏への一極集中による急激な人口増加により、東京都心近郊が次々と開発されると同時にアメリカ軍による横浜の接収から解放にいたり、ようやく横浜市が「復興」を目指した時期と重なった事も一因である。しかし、最近においては、みなとみらい21や日本有数の中華街など、東京にはない「横浜らしい街づくり」に積極的である。
神戸は、拠点性が高く神戸都市圏を有しているが、阪神・淡路大震災で港湾機能が大打撃を受けたのが原因で、港湾都市である神戸の求心力が弱まりつつあるのが原因。震災後、東灘区や灘区で起きた建設ラッシュはそれに拍車をかけた。