中国の不思議な役人
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『中国の不思議な役人』作品19 Sz.73(ドイツ語:Der Wunderbare Mandarin、ハンガリー語:A csodálatos mandarin)は、バルトーク・ベーラが作曲した、脚本家レンジェル・メニヘールト(1880年 - 1974年)の書いた台本に基づく1幕のパントマイムのための舞台音楽である。
よくバレエ音楽と混同され、実際にバレーとして上演されることもあるが、作曲者は「音楽を伴うパントマイム」だと強くこだわっていた。
目次 |
[編集] 概説
[編集] 作曲の経緯
作曲のきっかけは、1918年3月にバルトークのピアニストとしての先生であるトマーン・イシュトヴァーンから、レンジェルの脚本である「中国の不思議な役人-グロテスクなパントマイム」(前年の1月に文芸誌に発表されていた)に作曲を薦める手紙が来たことによるものとされている。5月に歌劇『青ひげ公の城』が初演された際、バルトークとレンジェルは出会い、翌月にはバルトークがこの台本に併せた舞台音楽を書くと言うことが決まった。
翌年の5月には完成版の元となったスケッチが完成し、レンジェルにも試奏してみせる。しかし、この後第一次世界大戦の終結による当時のハンガリー王国内の混乱などで、スケッチより先の作業は遅々として進まなかった。結局まともにオーケストレーションに取りかかることができたのは、彼がほとんど作品を発表しなかった時期の1924年の5月頃から12月にかけてである。この際には曲自体にも相当手が入っており、完成版とスケッチでは異なる箇所も多い。
[編集] さまざまな困難
後述するようなあまりに生々しい台本の影響もあってか、当初予定していたブダペスト歌劇場での初演は実現せず、初演は1926年11月にドイツで行われることとなった。しかし初演は不評だった。更に台本の内容の不謹慎さを批判する声が多く、コンラート・アデナウアー市長の判断でこの1日で上演品目から下ろされ、指揮を担当したセンカールが市議会から譴責処分を受けるというスキャンダルに発展する。
1927年2月に今度はチェコスロヴァキアのプラハで再演されるが、しばらくしてこれも「台本が不謹慎」として上演禁止になってしまう。その直前にもブダペストでの上演計画がまた失敗していた。
舞台版上演の困難さを思い知らされ、演奏会用として使えるよう作業を進めていたバルトークは、彼の楽譜を出版していたウニフェルザル出版社に対する書簡の中で、「自分のこれまで最高のオーケストラ作品だと思うのだが、演奏できないのは残念だ」と愚痴っている。
[編集] 改訂
その後、1931年にバルトークが50歳の誕生日を迎えるにあたり、舞台版をブダペストで上演する計画がされた。関係者はさんざん物議を醸し出してきたシナリオについて、原作者のレンジェルによって筋書を大幅に変更し、より幻想的なものとして対応してもらうこととし、バルトークも台本変更に合わせて42小節ほどを削除した。またバルトークは、関係者の頼みとは別にエンディングに改訂を加えようと、全く新しいものを用意した。
結局この上演計画も失敗するが、バルトークはウニフェルザール社に対し舞台版の譜面を出版する際には、エンディングを1931年版に変更するように指示を出している(1936年の書簡)。しかしナチスドイツのオーストリア併合により、彼の生前に刊行されることはなかった。
結局、ヨーロッパではイタリアなどで舞台版の公演が実現するものの、ハンガリーではバルトークの生前は組曲版でしか演奏されることはなく、舞台版として演奏されたのは1945年12月になってから。バルトークがニューヨークで亡くなって3ヶ月後のことであった。
[編集] 特徴
音楽的にはストラヴィンスキーの『ペトルーシュカ』や『春の祭典』の影響も見え隠れする(バルトークは『春の祭典』のピアノ版を同作の初演直後に取り寄せ、研究していた)。ただし台本に合わせ、キャラクターの心情を表現する音楽が意識されており、また情景描写という意味でもライトモティーフ的な動機を多用するなど工夫が凝らされている。
また、この曲のオーケストレーション前に完成・初演していた『舞踏組曲』とオーケストラ書法には共通点が多数ある。
[編集] 楽譜
オーストリアのウニフェルザル出版社からオーケストラ版に加え、バルトーク自身の手による4手ピアノ版、2手ピアノ版が刊行されている。「演奏会用組曲」は原曲の一部をカットして、新しいコーダを付け加えた形のものであるため、オーケストラ版の中にカット指示とコーダが含まれることで「舞台版」と「組曲版」が1種類のスコアとなっている。
[編集] 楽譜にまつわる逸話
現在刊行されているのは、バルトークの次男バルトーク・ぺーテルらによって校訂された2000年版である。
もともと全曲版の楽譜はバルトークの死後の1955年に出版されたが、この際1931年の上演計画における42小節のカットが中途半端な形で採用されていた。これはバルトークの生前に演奏会版のスコアだけは出版されていたことに起因する。この演奏会用との共通部分でも12小節カットされていたのだが、共通部分は出版されていた譜面の原稿をそのまま使ったために採用されず、全曲版独自の30小節だけが削除された状態だった。
バルトーク作品の校訂作業を進めていたペーテルらは、この曲については資料の研究により「カットされた部分のほとんどは舞台の演出にリンクしている部分であり、台本を変更せざるを得なかったその公演計画に限ったカットである」と判断し、改訂新版の出版譜では誤植やバルトーク自身の指示ミスなどの訂正をする際、出版譜に反映されていたカットをすべて復元している。その際、資料として1931年版に取って代られた旧エンディングが付録として付けられた。
[編集] 初演
- 舞台版
- 1926年11月27日 ドイツのケルン国立劇場。指揮:イェネー・センカール、振り付け:ハンス・シュトローバッハ
- 組曲版
- 1928年10月14日 ブダペスト。指揮:エルンスト・フォン・ドホナーニ、ブダペスト・フィルハーモニー管弦楽団
[編集] すじがき
- 舞台
- 悪党共が盗品を隠すための、都会のアパートのみすぼらしく汚い2階の部屋
- 登場人物
- 3人の悪党、少女(レンジェルの原作では「ミミ」という名前である)、年老いた伊達男、少年、マンダリン(中国の役人・宦官である)
- あらすじ
- 隠れ家であるアパートの一室に3人の悪党と少女がいる。金がないため悪党の一人は、少女に金を奪うため窓辺に立ち通行人を誘惑するよう命じる。少女は嫌がるが、悪党達は無理やり彼女を窓辺に連れて行き、自分たちは身を隠す。仕方なく少女は窓辺から手招きをして通りの男を誘惑する。すると年老いた伊達男と目が合う。彼はすぐに階段を上がってくる。
- 伊達男の老人は奇妙な求愛の仕草をする。少女が「お金、ある?」と聞くと、彼は「お金など重要ではない。愛がすべてだ」と言ってしつこく少女を追い回す。しびれを切らした3人の悪党は飛び出して老人を掴んで放り出し、少女に再び窓辺に立って男を誘惑するよう命じる。
- 少女が再び窓辺から通りの男を誘惑すると少年と目が合う。はにかんだ少年は戸口に現れるが、どうして良いか分からず突っ立ったままでいる。少女は少年が金を持っていないか確かめるが、金はない。しかし不憫に思った彼女は、少年を引き寄せワルツを踊り始める。2人の踊りは情熱的になっていく。しかし金のない男に用がない悪党達は少年を掴まえて放り出す。
- 悪党達に「もっと金のある男を連れてこい!」と脅された少女はまた窓辺に立つ。今度はどうにも気味の悪い男(中国の役人)と目が合う。役人はすぐに階段を登ってくる。3人の悪党は隠れる。
- 役人が部屋の前までやってくるが、入り口で動かない。少女は怖がり後ずさりするが、隠れていた悪党達は彼女を役人の方へ押しやるので、覚悟を決めおびえながら役人を手招く。誘いを受けた役人は2歩進んで、又止まる。少女が椅子をすすめると役人は腰掛ける。だが、かたときも目を離さず見つめ続けるので、何かをしなければならなくなりためらいながら踊り始める。
- 踊りは徐々に高潮し、ついには野性的でエロティックなものになる。役人の目はずっとミミに注がれ、視線は欲望を高めてゆく。ついに少女は役人の膝に崩れ落ちる。彼は興奮の余り震え始めるが少女は彼の抱擁を嫌悪して飛び起き、後ずさる、役人も手を伸ばし彼女を捕まえようとする。ついには少女と役人の追い掛けっこが始まる。役人はつまずき、転ぶがすぐ起きあがり、より激しく追い回す。ついに役人は少女を捕まえ、二人は床に倒れる。(※演奏会用の組曲はここでコーダに入って終わる)
- ここで悪党達が飛び出して役人を押さえ付け、宝石と金を奪い身ぐるみを剥ぐ。更に役人を殺してしまおうと彼を引きずってベッドに投げ出し、その上に枕や毛布、マットレス等を積み上げ、悪党の一人がその上に乗る。しばし待った悪党達は彼が死んだだろうと頷き合うが、役人の顔が枕の間から現れる。彼はぎょろついた目を凝らして少女を見ている。3人の悪党は驚く。
- 今度はベッドから役人を引きずり出し悪党の1人が錆びた長いナイフで役人の腹を3回突く。役人はよろめき、ほとんど崩れ落ちそうになるが、やはり死なない。少女に飛びかかる役人に悪党達は驚きつつも押さえつける。しかしなおも役人は少女を恍惚と見つめているのだった。
- 恐怖にかられた3人はもがく役人を部屋の真ん中まで引きずり、役人の編んだ髪を首に巻き付け、シャンデリアのフックに吊す。シャンデリアが床に落ちて砕け散るが、暗い部屋の中で吊された役人の身体は青みがかった緑色に輝き始める。3人の悪党と少女はおののきながら役人を見つめる。
- ふと少女は悪党に役人を降ろしてくれと頼み、悪党どもは役人の編んだ髪をナイフで切る。役人は床に崩れ落ちるが、すぐに飛び起き少女に向う。少女はさからわず役人を自分の胸で受け止める。少女と抱き合った役人は至福の満足をしたうめき声を上げる。願いを満たした役人の傷口から血が流れ始めだんだん弱ってゆく。そして苦悶の後、息絶える。
- 補足
- レンジェル自身が「グロテスク」と題名に書いているが、実際退廃的でエロティックな雰囲気の強い台本である。バルトーク自身はこの台本を大変気に入っていたようで、残されているインタビューでも「素晴らしい筋書きですよ」と熱っぽく語っているが、上演において様々な問題点を発生させてしまったことは否めない。
- なお、レンジェルの原作では悪党たちが役人を殺そうとするのは4回であったりするなど、細かい点についてはバルトークが変更している部分がある。
[編集] 外部リンク
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