戦死
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戦死(せんし Killed in action, KIA)とは、兵士や士官・将校等の軍隊に所属する者が作戦・戦闘に参加し、その行動中に死亡することを言う。類義語に「戦没」がある。こちらは戦争で亡くなった者をさし、直接の戦闘に関わらない病死(戦病死)も含まれる。
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[編集] 概要
戦死ないし戦没は、戦時中に軍事活動に参加し、死亡すること全般を指す。概ね作戦終了後に行われる「戦場掃除」によって生死を確認、遺体の回収などが行われる。しかし状況が切迫している場合は遺体が回収されない場合もあり、最悪の場合には回収すべき遺体そのものが原形を留めていなかったり、あるいは回収すべき対象すら残らない場合もある。第二次世界大戦よりは海戦や空中戦など戦闘の形態が多様化・複雑化するにつれ、輸送時などに乗物が攻撃され大量に戦死するケースも増えている。
一般的に戦死者の数が多くなると、特に民主主義国家では国民の間に厭戦気分が広がりやすい。近年の戦闘では遺族の心情に配慮して、可能な限り遺体を回収するなどの努力が払われていたが、古くは行軍の妨げにもなったことから山野に放置されることも多く、「一将功なりて万骨枯る」(原文:一将功成万骨枯・意訳:一人の武将が功績を上げた陰で、多くの将兵が戦場に骸を晒している:『亥歳詩』より)や「The success of one is built on the sacrifice of many.」(ほぼ同義)といったような凄惨な話も存在する。しかしこれは古代中国の話だけではなく、第二次大戦当時の日本軍将兵の遺骨は、今なお相当数が東南アジアで放置されたままであるし、真珠湾攻撃で沈められた米海軍戦艦のアリゾナには、今なお乗組員の遺骨が眠ったままハワイの海底に横たわる。またイラク戦争では民間委託で派遣されている傭兵に関しては戦場で戦死しても大半は回収されず、放置されたままと言われている。
戦争中に、戦闘に参加した兵士の生死そのものが確認できなくなるケース(MIA:任務中行方不明者)や、捕虜となりその後の消息がつかめなくなるケース、あるいは所属部隊が激戦地に配属され「ほぼ全滅」となった場合に、誤って家族に戦死の報が届く場合もあり、日本では第二次大戦の戦後に、たまたま別部隊に配置転換され生き延びていた兵士が抑留生活後に帰還、自分の墓と対面するなどといった椿事も発生している。
[編集] 戦死の形態
戦争映画などでは往々にして歩兵は絶えず撃ち合いをしているかのような描写も見られるが、実際には歩兵の仕事の大半は拠点の設営や移動に費やされており、銃撃戦などのような激しい戦闘は余程混乱した戦場でも散発的に斥候同士が武力衝突することを除けば、たまにしかない。このため「銃撃戦の末に銃で撃たれて即死」というケースもそうそうはない。実際には撃たれて負傷して、後の処置が遅れたりして失血死したり病死に近い形で亡くなる戦傷病死の方がむしろ多い。
爆弾や大砲など破壊力の大きな兵器の巻き添えになって死亡することがある。しかし火砲や爆弾は死傷者こそ増やすが、致命傷を直接的に受けることは小火器による銃撃よりは少ない。輸送中や拠点防衛中、あるいは行軍中に待ち伏せ攻撃されたり地雷により負傷や死亡する場合も少なくない。
その一方、軍事行動中の事故により死亡するケースもある。実弾演習中の事故は言うに及ばず、空母で艦載機事故による火災が原因で亡くなるケースや、移動中の航空機や自動車の事故といったケースも少なからず見られる。
また戦争ノイローゼ(歩兵の項を参照)による自殺といったケースのほか、マラリアなど風土病による病死や野営中にトラに襲われたケースもあるなど、戦場という劣悪な環境下では様々な死が存在する。その一方で寒冷地での行軍は低体温症を招き、凍死者を発生させる。こういった劣悪な環境による負傷や戦病は、むしろ直接的な戦闘より多くの死傷者・要救護者を発生させる。
こういった各々の死因は、直接看取った者が生存していなければ不明となってしまう場合も多い。
[編集] 戦死者数
兵員の損失率を「兵員10万人あたりの一日損失数(負傷者を含む)」で換算すると、第一次世界大戦では当時の装備・医療技術の関係から数千を超える場合もあったという。ただこの当時、まだ大規模な戦闘が散発的にあった程度で、むしろその後の暴動などによる死傷者数のほうが深刻だった。
第二次世界大戦ともなると北アフリカ戦線のドイツ軍における6人(10万人あたりの死亡者や負傷者の損失数・平均)や同ドイツ軍のロシア戦線200人まで様々であるが、装甲を持つ戦車や装甲兵員輸送車の発達は戦場における直接戦闘の死傷者数を減らす役割を果たしている。その一方、病気による兵員の損耗は深刻で、マラリアだけをとってみても1日で10万人辺り200人を越す発症者・病死者を生むという。
この他にも戦闘中の事故による損耗も問題で、車両事故や兵器に関する事故では20人(10万人あたりの1日損耗数)が負傷したり死亡したりしている。このほか、補給の途絶による飢餓も深刻な問題を起こすことがあるが、これは軍隊組織の状況によってもまちまちである(→レーション)。
なお直接戦闘による死亡者は過去の戦績から負傷者3名のうち1名は戦死するが、負傷者が多く出るか少なくて済むかは装備・訓練度・士気・指揮系統の能力や確実性によって大きく変化する。
ちなみに戦死自体は戦争時の人員的損失の21%で、負傷者は医療兵が治療に手を取られることを含め22%の損失、事故による死亡が戦死者とほぼ同等の21%、疾病などによる損失は負傷や疾病で戦争を生き長らえるものを含め医療関係者を含め52%の損失となっている(『新・戦争のテクノロジー』P486より)。なお兵員の疾病・負傷者・脱走などを含む損耗率は、平均して攻撃側が1日辺り3%程度、防衛側が1日辺り1.5%である(同P491)。
[編集] その他の側面
戦略や戦術の面で、第二次世界大戦以降の戦闘では「如何に敵兵を効率よく殺傷するか」ではなく、「如何に効率よく負傷させ、戦闘不能な状態に陥らせるか」が重視されている。これは死亡者は兵の損失が1であるのに対し、負傷者は負傷者自身に加えて救護者が数名は必要で、更に効率よく敵兵力を削ぐことができるためである。このため現代の戦闘では、より直接的な戦闘による死亡者が減り、負傷によって行動不能となる・その負傷が元で死亡する傾向が強くなっている。
[編集] 関連項目
[編集] 参考書籍
- 『一兵士の戦争体験―ビルマ戦線生死の境』(小田敦巳・ISBN 978-4-87959-219-x・全文Web公開)
- 『新・戦争のテクノロジー』(ジェイムズ・F・ダニガン / 訳:岡芳輝 ISBN 4-309-24135-x)