減価償却
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減価償却(げんかしょうきゃく)とは、長期間にわたって使用される有形固定資産の取得(設備投資)に要した支出を、その資産が使用できる期間にわたって費用配分する手続きである。英語でdepreciationという。
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[編集] 概要
例えば、企業が本社ビルを10億円で取得したとする。これを、取得した会計期間の一時の費用とすれば、その会計期間は10億円分だけ利益が減少する。そして、その翌年度以後は、そのビルについて、利益のマイナス要素がなくなる。
しかし、経済実態上は翌年度以後もその本社ビルを使用し続けるのであるから、取得に要した支出は、1年しか効用がないと見るのではなく、そのビルの耐用年数(使用可能期間)に渡って応分に費用として配分する方が合理的と考えられる。
各期に計上される費用を減価償却費という。全体の支出額(取得原価)を各年度の費用として配分することにより、各年度における損益とキャッシュ・フローとの差異が生じることになる。
減価償却における耐用年数は、あらかじめ知ることは不可能であるから、なんらかの統計的科学的な手法により見積もることになる。もっとも、実務上は、法人税法において資産の種類ごとに定められた耐用年数を用いることが多い。これを法定耐用年数という。
減価償却の会計処理にあたっては、各期の減価償却費に相当する額だけ、固定資産を減額する必要がある。そのため、貸借対照表の「固定資産の部」において、各資産は取得原価から減価償却累計額を控除する形で表示される。
減価償却は、あらかじめ定められた償却法と耐用年数により、各資産毎の年間の償却額を算出する。ただし、その会計期間の期中に取得(または使用を中断)した資産の場合は、年間償却額を月割計算した額となる。
なお、法人税法の規定によれば、耐用年数を超えて使用する場合でも償却可能限度額(日本の場合、有形固定資産では取得額の95%)を超えて償却することはできない。会計基準においては、この点について特別な規定はない。
[編集] 減価償却の方法
[編集] 定額法
定額法は、毎年一定の額を償却してゆく償却法。毎年の減価償却費を平準化できるという特徴がある。
年間の減価償却費は、取得原価と残存価額との差額を耐用年数で除して求める。
なお、償却率を求める場合、原理的には、取得額をA0, 耐用年数をn, n年後の帳簿価格をAn, 償却率をrとすれば、An = (1 − nr)A0と表すことができ、償却率で求められる。法人税法においてはAn = 0として各耐用年数における法定償却率が定められている。
[編集] 定率法
定率法は、毎年その期首の未償却残高に対して一定の率を償却してゆく償却法。償却期間の早い時期に大きく償却することで利益を圧縮できるという特徴がある。
年間の減価償却費は、取得原価と減価償却累計額との差額に償却率を乗じて求める。
なお、償却率を求める場合、原理的には、取得額をA0, 耐用年数をn, n年後の帳簿価格をAn, 償却率をrとすれば、An = (1 − r)nA0と表すことができ、償却率で求められる。法人税法においてはAn = A0×10%として各耐用年数における法定償却率が定められている。
なお、法人税法における建物の償却法については、平成10年4月より、新築・増築については定率法を用いることは認められなくなっている。
[編集] その他の償却法
- 生産高比例法
- 級数法
[編集] 社会的影響
減価償却は、一企業的には合理的な手法であるが、マクロ経済には思わぬ影響を及ぼす。
上述のように、10億円のビルが建設されたとする。ビル建設を発注した企業の収益は、それまで1億円だったものが3億円になるとする。また、建設を発注した企業は、10年定額法で毎年1億円ずつ償却していくとする。
建設を発注した企業は、ビルが建設された年に、10億円の建設投資をして収益が3億円であるから、この年は差し引き現金7億円の出超となる。ところが、会計上は、1億円だけを費用として計上するため、会計上の利益は3-1=2億円である。また、発注企業により支出された10億円は、建設会社や家計に入り、乗数効果をもたらす。この10億円のうち1億円だけが経費なので、経済全体では9億円の会計上の利益がもたらされる。
しかし、翌年はもうビルを建設しないとすると、建設を発注した企業は、収益3億円に対し減価償却費1億円を計上する。減価償却は会計上の費用であるため、実際は3億円の入超でありながら会計上の利益は2億円となる。この企業の収益を支えるために、その他の会社・家計は合計で3億円の赤字を計上しているため、経済全体では、2-3=-1億円の会計上の損失がもたらされる。
このような歪みが生まれるのは、投資をする側にとっては、単年度の投資費用すべてが経費にはならないのにたいして、投資を受注する側にとっては、単年度の利益がすべて収益となるためである。
ケインズ経済学では、これを基に設備投資が景気に与える影響を説明している。設備投資が活発な時期は、会計上の利益が増大し、社会全体がすべて利益を上げられているような錯覚が生まれ好景気となる。逆に、設備投資が低調な時期は会計上の損失が増大し、社会全体が損失を出しているような錯覚が生まれ不景気となる。
大恐慌やバブル経済崩壊が、直前の経済的絶好調と長期不況という組み合わせになっているのはこのためである。