玉藻前
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
玉藻前(たまものまえ。玉藻の前と紹介されることもある)は平安時代末期、鳥羽上皇に仕えた白面金毛九尾の狐が化けた架空の絶世の美女。鳥羽上皇が院政を行った1129年から1156年の間に活躍したといわれ、20歳前後の若い女性(少女とも)でありながら、大変な博識と美貌の持ち主であり、天下一の美女とも、国一番の賢女とも謳われた。また、化生の前(けしょうのまえ)とも云われ、その正体は白面金毛九尾の狐ではなく、2つの尻尾を持った狐であったとも云われている。
目次 |
[編集] 伝承の概要
最初は藻女(みずくめ)と言われ、子に恵まれない夫婦の手で大切に育てられ、美しく成長した。18歳で宮中で仕え、のちに鳥羽上皇に仕える女官となったが、次第に鳥羽上皇に寵愛され、契りを結ぶこととなった。
しかし玉藻前と契りを結んだ後、鳥羽上皇は次第に病に伏せるようになった。天皇家お抱えの医者が診断しても、その原因が何なのかが分からなかったが、陰陽師・安倍泰成(安倍泰親、安倍晴明とも)によって病の原因が玉藻前であることが分かり、その正体が九尾の狐であることを暴露された玉藻前は、白面金毛九尾の狐の姿で宮中を脱走し、行方を暗ましていた。
その後、那須野で婦女子をさらうなどの行為が宮中へ伝わり、鳥羽上皇はかねてから九尾の狐退治を要請していた那須の領主須藤権守貞信の要請に応え、九尾の狐討伐軍を編成。三浦介義明と上総介広常という武士を将軍に、陰陽師・安部泰成を参謀に任命し、8万余りの軍勢を那須野へと派遣した。
那須野にて、すでに白面金毛九尾の狐と化した玉藻前を発見した討伐軍は、すぐさま攻撃を仕掛けたが、九尾の狐の怪しげな術などによって、多くの戦力を失い、最初の攻撃は失敗に終わった。三浦介と上総介ら多くの将兵は九尾の狐を確実に狩るために、犬の尾を狐に見立てた犬追物で騎射を訓練し、再び攻撃を開始する。
2度目とあって、九尾の狐対策を十分に練ったため、討伐軍は次第に九尾の狐を追い込んでいった。最後の抵抗として、九尾の狐は貞信の夢の中に現れ、若い女性に化けて許しを願ったが、貞信はこれを九尾の狐が弱まっていると読み、最後の攻勢に出た。そして三浦介が放った二つの矢が九尾の狐の脇腹と首筋を貫き、上総介の長刀が斬りつけたことで、九尾の狐は息絶えた。
だが九尾の狐はその直後、巨大な毒石に変化し、近づく人間や動物等の命を奪った。そのため村人は後に、この毒石を殺生石と名付けた。この殺生石は鳥羽上皇が亡くなられた後も存在し、周囲の村人たちを恐れさせた。鎮魂のためにやって来た多くの名僧ですら、殺生石の毒気で次々と倒されていったといわれている。
室町時代となったとき、会津・元現寺を開いた玄翁和尚が、殺生石を破壊し、破壊された殺生石は各地へと飛散したといわれている。
玉藻前のモデルは、鳥羽上皇に寵愛された皇后美福門院(名は藤原得子)であり、摂関家などの名門出身でもない彼女が権勢をふるって自分の子や猶子を帝位につけるよう画策して、崇徳上皇や藤原忠実・頼長親子と対立して、保元の乱を引き起こし、更には武家政権樹立のきっかけを作った史実が下敷きになっているとも言われる(ただし、美福門院がどのくらい皇位継承に関与していたかについては諸説ある)。
[編集] 人物像
江戸時代に入り、玉藻前は酒呑童子、崇徳上皇(崇徳の大天狗)と並んで日本三大悪妖怪と言われ、歌舞伎や多くの小説・漫画・雑誌・文庫などに、主に悪役として多く登場することとなった。そして中国の悪女、妲己と褒姒を結びつけることで、玉藻前と白面金毛九尾の狐が世界的な大妖怪というイメージが定着した。
しかしごく一部ではあるが、玉藻前、九尾の狐を単なる国や王朝を破壊しようとした悪役ではなく、孤独を恐れ、愛情に溺れ、運命に弄ばれた悲劇のヒロインとする見方も増えている。
[編集] 玉藻前を題材とする作品
- 室町時代
- 江戸時代
- 1804(文化元)年 - 高井蘭山『絵本三国妖婦伝』
- 1806(文化三)年 - 近松梅枝軒・佐川藤太 / 人形浄瑠璃『絵本増補玉藻前曦袂(あさひのたもと)』
- 1809(文化六)年 - 式亭三馬『玉藻前三国伝記』
- 1821(文政四)年 - 鶴屋南北 / 歌舞伎『玉藻前御園公服(くもいのはれぎぬ)』
- 昭和
- 平成
- 2002(平成14年)年 - オービット『ヤミと帽子と本の旅人』
- 2003(平成15年)年 - スタジオディーン『アニメ版ヤミと帽子と本の旅人』
[編集] 参考文献
- 『玉藻の前』岡本綺堂伝奇小説集 其ノ1巻 岡本綺堂(著) 原書房 ISBN 4562032022 (1999年6月)
- 『飛騨匠物語・絵本玉藻譚』現代語訳・江戸の伝奇小説 3 須永朝彦(編訳) 国書刊行会 ISBN 4336044031 (2002年11月) :原作は六樹園作、葛飾北斎画
- 『日本妖怪異聞録』小学館ライブラリー 小松和彦(著) 小学館 ISBN 4094600736 (1995年7月)
- 『玉藻の前―朗読のための物語詩』現代日本詩人新書 西川昭五(著) 近代文芸社 ISBN 4773368624 (2002年12月)