福祉国家論
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
福祉国家論(ふくしこっかろん 英:Welfare State)は、国家の機能を安全保障や治安維持などだけでなく、経済的格差の是正のための社会保障制度の整備や財政政策、雇用政策も推進して、福祉国家を目指すべきとする考え方。福祉国家の対義語で、戦争国家(英:Warfare State)などがある。ともに第二次世界大戦でイギリスが連合国を福祉国家、枢軸国を戦争国家と政治宣伝したのが始まり。
石油ショック以後、社会保障の為の国家支出による財政の圧迫、あるいはそれまで取られてきた国営企業の非効率性(イギリス)、労使協調体制の後退(ドイツにおけるコーポラティズム)等による経済閉塞化が問題となった。その結果として福祉国家の行き詰まりが指摘され始め、新自由主義の台頭などにより、福祉国家を巡る議論は全否定もしくは礼賛のどちらかとなり、混乱をきたす。1990年にエスピン・アンデルセンが福祉国家に変わる新しい概念として福祉レジーム論を提起し、経済レジームとの連関でグローバル化への対応の多様性を論じた。
目次 |
[編集] 福祉国家の再編成
1979年にマーガレット・サッチャーが政権をとって以降、イギリスでは福祉国家の解体がおしすすめられた。カナダ・オーストラリア・ニュージーランドなどでも似た政策が推進された。これらの国はもともと典型的な福祉国家とは異なる政策が採られていたが、これら一連の改革以降、アメリカ化・福祉のビジネス化が更に推進されることとなった。
一方、北欧諸国では経済・社会の諸問題を解決するための改革が押し進められ、少子化対策への投資、社会保障制度の一元化などが行われた。これら北欧福祉国家の再編成は「福祉国家のバージョンアップ」とよばれる。
[編集] 福祉レジーム論
1990年にデンマークの社会学者エスピン・アンデルセンが提起した、福祉国家論に変わる新しい概念。今日では社会保障制度を考える上での基礎理論となっている。
西側先進諸国を三つの類型に分け、自由主義的福祉国家(北アメリカ)、保守主義的福祉国家(大陸ヨーロッパ)、社会民主主義的福祉国家(イギリス=北欧)とし、福祉国家の発展は一つではないと論じ、ケインズの収斂理論に取って代わった。当初日本は前記三つのいずれの要素も含む混合型とされた(その後大陸ヨーロッパ型に近いとされた)。一般的に自由主義と社会民主主義が優れているとされる。その後の研究により次のように分類されなおした。
[編集] 概要
主義 | 社会民主主義 | 自由主義 | 保守主義 |
モデル国家 | スウェーデン | アメリカ | ドイツ |
モデル国家群 | スカンディナヴィア諸国 | アングロサクソン諸国 | 大陸ヨーロッパ諸国 |
労働市場に対する脱商品化 | 高位 | 低位 | 中位 |
階層化(所得格差) | 低位 | 高位 | 中位 |
主たる政策目標 | 所得平等および雇用拡大 | 租税軽減および雇用拡大 | 所得平等および租税軽減 |
犠牲となる政策目標 | 租税軽減 | 所得平等 | 雇用拡大 |
主たる福祉供給源 | 福祉国家 | 市場 | 家族 |
典型的な福祉政策 | サービス給付 | 減税 | 所得移転 |
所得移転の形態 | 制度的 | 残余的 | 補完的 |
社会的統合の触媒 | 労働組合 | 無し(市場という超共同体) | 宗教団体 |
優位政党 | 社民政党 | リベラル政党 | カトリック政党 |
支配的なイデオロギー | ネオ・コーポラティズム | ネオ・リベラリズム | コーポラティズム |
企業競争 | (労組拡充のため)大企業優先 | 大企業と自営業は対等 | (世襲護持のため)自営業優先 |
労働市場の規制 | 同一労働同一賃金 | 原則として無し | 労働組合の存在する大企業、公務員のみ優遇 |
賃金の硬直性 | 上方硬直性および下方硬直性 | 無し | 下方硬直性 |
雇用のフレキシヴィリティ | 高度 | 最高度 | 低度 |
典型的な景気対策 | 福祉部門の公務員の増員 | 公定歩合の引き下げ | 公共事業 |
公務員のイメージ | 女の仕事、パートタイム | 悪、低賃金 | お上意識、優遇 |
労働参加率 | 最高度 | 高度 | 低度 |
[編集] 社会民主主義的福祉レジーム
スカンディナヴィアモデル(或いは「スウェーデンモデル」)とも言われる。スウェーデンが代表的。他にはデンマーク、ノルウェー及びフィンランドがある。政府による所得比例(業績評価モデル)と所得移転(制度的モデル)の組み合わせが特徴。社会政策は政府を中心とする普遍的なものである。労働政策は労働者の保護が最大限である。それと同時に職業訓練や職業紹介などの積極的労働市場政策を通じて労働力の需給ギャップの解消に努める。同一労働同一賃金(ネオ・コーポラティズム)は経営の失敗を労働者へ転嫁することが不可能になり、弱い企業の淘汰を進める。従って雇用の流動性は高い。これらのことから企業の競争力が高くなり、グローバリズムへの適応力が高いと言われる。しかし,その過程において競争力を持つ大企業のみが生き残りやすい傾向があるために,税収などが特定企業に依存する形になる形がしばしば発生し,業績悪化がダイレクトに国家予算に影響を及ぼすことがある。
[編集] 自由主義的福祉レジーム
アングロ・サクソンモデルとも言われる。アメリカが代表的。カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、イギリス及びアイルランドがある。市場による所得比例(業績評価モデル)と政府による底辺層への最低保障(残余的モデル)の組み合わせが特徴。社会政策は市場を中心とする個人的なものである。政府は福祉ビジネスの環境を整えるのが役目となっている。労働政策は労働者の保護が最低限である。従って雇用の流動性は高い。そのためグローバリズムへの適応力が高いと言われる。
[編集] 保守主義的福祉レジーム
大陸ヨーロッパモデルとも言われる。ドイツが代表的。フランス、オランダ、ベルギー、オーストリアなどである。共同体(職域組合や企業福祉など)による所得比例(業績評価モデル)と政府による最低保障(残余的モデル)の組み合わせが特徴。社会政策は家族を中心とする血縁、コーポラティズム、国家主義を強要する。労働者の保護は労働組合の恩恵が及ぶ限りにおいて高度である。そのためインサイダーがアウトサイダーを駆逐する社会的分断が起きるため概して失業率が高い。また、職業と福利厚生が一体化しているのとあいまって、雇用の流動性を阻害するといわれる。
このレジームに固執する限り、グローバリズムの前には袋小路になり経済パフォーマンスが低下するとされる。
[編集] 家族主義的福祉レジーム
南欧=東アジアモデルとも言われる。イタリアが代表的。ほかにスペイン、ポルトガル、ギリシャ、日本、大韓民国、台湾である。福祉施策は貧弱で福祉ビジネスも未発達なため、高齢者、失業、子育てなどを家族に転嫁する家族主義が特徴。家族に過度な負担をかけるため、少子化の弊害が深刻化する。
[編集] 1人あたり購買力平価GDPの比較
国の国内総生産順リストを元に、上記で挙げられている各福祉レジームの国の、1人あたり購買力平価GDPの平均値を計算すると、以下のようになる。
福祉レジーム | 1人あたり購買力平価GDP (US$) |
社会民主主義的福祉レジーム | 32,400 |
自由主義的福祉レジーム | 31,167 |
保守主義的福祉レジーム | 29,760 |
家族主義的福祉レジーム | 23,443 |
[編集] 所得格差の比較
同様にして、各福祉レジームの国のジニ係数の平均値を計算すると、以下のようになる(数字は2000年)。[1][2][3]ジニ係数は、0に近くなるほど所得格差が小さく、1に近いほど格差が大きいことを意味する。
福祉レジーム | ジニ係数 |
社会民主主義的福祉レジーム | 0.248 |
自由主義的福祉レジーム | 0.322 |
保守主義的福祉レジーム | 0.265 |
家族主義的福祉レジーム | 0.333 |
OECD平均 | 0.310 |