超関数
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解析学において超関数(ちょうかんすう、generalized function; 一般関数)は、関数を一般化した概念。シュワルツの分布(ぶんぷ、distribution)の概念を指すことが多い。これは、連続関数に対する微分の概念を拡張し、偏微分方程式の解空間を拡げた。物理や工学で扱われる不連続な問題では、デルタ関数のような超関数を解とするような微分方程式が自然に導かれ、超関数がとても重要な役割を果たす。ほかにも佐藤幹夫による佐藤超関数 (hyper-function) の概念などが知られる。
1935年にセルゲイ・ソボレフ (Sergei Sobolev) が、部分積分を形式的に用いて、微分方程式の解の拡張をしたのをはじめ、何人かの数学者によって微分の拡張が行われ始め、1940年代末にはローラン・シュワルツがこれらを超関数の理論としてまとめた。
分布という言葉は確率分布という意味で使われることがあるが、確率分布を線形汎関数とみなし、さらに定義域を適切に狭めることによって拡張された微分ができるようにすれば超関数と見ることができる。
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[編集] 導入
超関数の原始的なアイデアは以下のようなものである。f: R → R は、局所可積分関数とし、φ: R → R は、コンパクトな台 (support) を持ち(即ち、φ の非零点の集合の閉包は有界で)、その上で滑らかな(無限回微分可能な)関数とする。このとき、実数 ∫ fφ dx は、φ に依存して連続かつ線型に変化する。すなわち、f によって決まる作用素
は連続線型汎関数である。これにより、f は試験関数 (test function) φ 全体のなす関数空間上の連続な線型汎関数としてとらえることができる。同様に、P を実数体上の確率分布、φ を試験関数とすると実数 ∫ φ dP は、φ に連続線型に依存する。したがって確率分布も試験関数の空間上の連続線型汎関数とみることができる。この「試験関数全体のなす関数空間上で定義される連続線型汎関数」が超関数の定義である。
このような超関数に対して、和と実数倍の演算は定義できて、超関数の全体は実ベクトル空間をなすが、一般に超関数同士の積は定義されない。しかしながら、無限回微分可能な関数との積は考えられる。
超関数の微分を定義するために、まず f: R → R が可微分かつ可積分な関数である場合を考える。φ を試験関数とすれば部分積分を用いて
が成り立つ(φ は、ある有界集合(コンパクト台)の外では 0 になるから、定積分の境界値については特に考慮する必要はないことに注意)。したがってこれは、超関数 S に対し、その微分 S′ は試験関数 φ を −S(φ') に移す線型汎関数として定義できることを示唆している。これは本質的な定義である。この定義は、古典的な微分の定義の拡張であり、これにより超関数は無限回微分可能となり、かつまた通常の(関数の)意味での微分が持つ一般的な性質をも満たすことになる。
ディラックのデルタ関数は、試験関数 φ を φ(0) へと写す超関数であり、ヘヴィサイド関数、即ち
で定義される関数 H(x) の(超関数の意味での)微分となる。デルタ関数の微分は試験関数 φ を −φ'(0) に写す。ここで得られた超関数は、関数でも確率分布でもない最初の例である。
[編集] 厳密な定義
以下では、Rn の開集合 U 上の実数値超関数の形式的な定義を与える(この定義を多少変更して、複素数値超関数を定義したり、Rn を滑らかな多様体に取り替えたりすることも可能である)。まず、U 上の試験関数のなす関数空間 D(U) について述べねばならない。関数 φ: U → R が、コンパクトな台を持つとは、任意の x ∈ U \ K に対して φ(x) = 0 が満たされるような U のコンパクトな部分集合 K が存在することである。D(U) は、コンパクトな台を持つ無限回微分可能な関数 φ: U → R 全体のなす集合である。D(U) は実ベクトル空間である。さらに 0 に収束する列(或いは 有向点族) (φk) を考えることにより位相ベクトル空間でもあることがわかる。ここで (φk) が 0 に収束するというのは、任意の φk が K の外では 0 に等しくなるような U のコンパクトな部分集合 K が存在し、かつ任意の ε > 0 と 自然数 d ≥ 0 に対し k ≥ k0 なる任意の k に対して、φk の d 階導関数の絶対値 が ε より小さくなるようにできるような自然数 k0 が存在することをいう。この定義により、D(U) はLF空間と呼ばれる完備位相ベクトル空間になる。
位相ベクトル空間としての D(U) の双対空間、すなわち連続線型汎関数 S: D(U) → R の全体が、U 上の超関数全体の成す空間である。これはベクトル空間であり、D′(U) と記される。
関数 f: U → R は U の任意のコンパクト部分集合 K の上でルベーグ可積分であるとき局所可積分であるという。これは、全ての連続関数を含む大きな関数の類をなす。D(U) の位相は、任意の局所可積分関数 f を、その試験関数 φ における値がルベーグ積分 ∫U fφ dx によって与えられるような D(U) 上の連続線型汎関数と見なすという方法で定められる。 2つの局所可積分関数 f と g が D(U)の同じ元を定めるのは、それらがほとんどいたる所等しい場合であり、かつその場合に限る。同様に、U 上の任意のラドン測度 μ (これは確率測度も含む)は、その試験関数 φ における値が ∫ φ dμ であるような D′(U) の元を定義する。
上述の如く部分積分の示唆するところにより、超関数 S の x 方向への微分 dS/dx は、任意の試験関数 φ に対して
なる式によって定める。これにより、任意の超関数は無限回微分可能であり、x 方向への微分は D′(U) 上の線型作用素となる。
D′(U) は、列 (Sk) が 0 に収束するというのを、任意の試験関数 φ に対し Sk(φ) → 0 となることと定義することにより局所凸位相ベクトル空間となる。これは、D(U) の任意の有界部分集合上で Sk が 0 に一様収束するということと同値である。ただし、D(U) の部分集合 E が有界であるとは、U のコンパクト部分集合 K と数列 dn が存在して、E の任意の元 φ がその台を K 内に持ち、かつその n 階導関数が dn で抑えられることをいう。この位相に関して、超関数の微分は連続な作用素になる。これは他のほとんどの微分概念には無いとても重要かつ本質的に価値のある性質である。さらに言えば、試験関数(それ自体を超関数と見ることもできる)の全体は、この位相に関して D′(U) 内で稠密である。
ψ: U → R を無限回微分可能な関数、S を U 上の超関数とするとき、その積 Sφ を任意の試験関数 φ に対して
- (Sψ)(φ) = S(ψφ)
とすることにより定義することができる。この積に関して、古典的な微積分でいうところの積の法則が成り立つ。
[編集] コンパクト台と畳み込み
超関数 S がコンパクトな台を持つとは、U のコンパクト部分集合 K が存在して、K の全く外側に台をもつような任意の試験関数 φ に対し S(φ) = 0 が満たされることをいう。あるいは、コンパクト台を持つ超関数を関数空間 C∞(U) 上の連続線型汎関数と定義することもできる。ここで C∞(U) には、列 φk が 0 に収束するというのを、φk の任意階の導関数が U の任意のコンパクト集合上で 0 に一様収束すること、と定めることによって定義される位相が入っている。
S および T をともに Rn 上の超関数とし、一方がコンパクト台を持つとするとき、S と T の畳み込み(convolution, 合成積)と呼ばれる新たな超関数 S * T が以下のように定まる: φ を D(Rn) 内の試験関数とし、x, y を Rn の元とするとき
- φx(y) = φ(x + y), ψ(x) = T(φx), (S * T)(φ) = S(ψ)
と定義する。これは古典的な意味での関数同士の畳み込みの拡張である。また
という意味で微分作用素と畳み込みは可換である。
[編集] 緩増加超関数とフーリエ変換
試験関数の空間を拡げれば、緩増加超関数 (tempered distributions) を定義することができて、その全体は D′(Rn) の部分空間となる。これらの超関数は、一般にフーリエ変換の研究において有用である。任意の緩増加超関数はそのフーリエ変換をもつが、一般の超関数のすべてがフーリエ変換を持つわけではない。
ここで採用する試験関数の空間は、シュワルツ空間 (Schwartz-space) と呼ばれ、無限回微分可能な急減少関数全体の成す関数空間である。ここで試験関数 φ が急減少 (rapidly decreasing) であるとは、φ の任意階数の導関数に |x| の任意の冪乗 を掛けたものが、|x| → ∞ とする極限で常に 0 に収束することをいう。これらの関数は、適当に定義された半ノルムの族を考えることにより完備位相ベクトル空間を成す。正確には、大きさ n の多重指数 α, β に対して
とおくとき、φ が急減少とは全ての α, β について
となることであり、半ノルムの族 pα,β が、シュワルツ空間上に局所凸位相を定義する。これは、距離づけ可能 (metrizable) であり、完備である。
緩増加超関数の微分は、再び緩増加超関数となる。緩増加超関数は有界(あるいは緩増加な)局所可積分関数の一般化である。コンパクトな台を持つ任意の超関数や、任意の二乗可積分関数は緩増加超関数と見なすことができる。
フーリエ変換の研究には、複素数値の試験関数と複素線型超関数を考えるのがよい。通常の意味での連続フーリエ変換 F はシュワルツ空間の自己同型を与える。緩増加超関数 S のフーリエ変換 FS を、試験関数 φ に対し
- (FS)(φ) = S(Fφ)
(右辺の Fφ は通常の意味での φ の連続フーリエ変換)とおくことによって定義することができる。そして FS は再び緩増加超関数となる。フーリエ変換は、緩増加超関数の空間からそれ自身への連続で、線形で、全単射な作用素である。この作用素は
の意味で微分作用素と可換である。また、S を緩増加超関数、ψ を Rn 上の緩増加で無限回微分可能な関数(すなわち ψ の任意階微分が高々多項式と同じ程度の速さで増加する)とすると、Sψ はまた緩増加超関数となり
- F(Sψ) = FS * Fψ
が成立する。この意味で畳み込みとフーリエ変換とは可換である。
[編集] 佐藤超関数
Schwartz 理論の成功に刺激され、佐藤幹夫は超関数 (hyperfunction) のアイデアを導き出した。hyperfunctionは試験関数の双対空間ではなく、正則関数の抽象的境界値として定義される。厳密な理論は、多変数複素関数の成す層 (sheaf) 係数のコホモロジー理論を用いて、代数的手法によって展開された、この代数的手法の解析学への導入は、今日、D加群等に代表される代数解析学、microfunction や microdifferential operator を用い余接バンドル上で展開される解析学である、超局所解析学をもたらした。 また、物理学におけるファインマン積分のように形式的方法であった超関数論を厳密な数学の理論へと変えることができたのである。
[編集] 参考文献
M. J. Lighthill (1958). Introduction to Fourier Analysis and Generalized Functions. Cambridge et. al.: Cambridge University Press. ISBN 0-521-09128-4 (defines distributions as limits of sequences of functions under integrals)