輸血
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輸血(ゆけつ)は、血液成分の不足を自他の血液から補う治療法のこと。血液を臓器のひとつとしてみれば、最も頻繁に行われている臓器移植であるといえる。
通常は他人の血液から調整された輸血製剤を点滴投与することを指す。感染症やGVHDに罹る危険を減らすため、手術や化学療法を行う際に、あらかじめ採血し保存しておいた自己の血液を使うことがあり、これを特に自己血輸血と言う。
日本では1974年以降、輸血用血液はすべて献血でまかなわれている。以下の項では特に断りがない限り日本の状況について述べている。
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[編集] 輸血用血液の供給方法
[編集] 枕元輸血
昭和20年代まで頻繁に行われていた方法で、輸血の必要な患者のあったとき近親者や知人、もしくは供血斡旋業者が派遣した供血者がその場で血液を提供するもの。血液型の合う人がいない場合があることや、感染症をチェックできないこと、GVHDの危険性が高いから現在はほぼ絶無である。
1948年には輸血を受けた女性が梅毒に感染した東大病院輸血梅毒事件が発生、枕元輸血に代わり保存血輸血が主流となるきっかけとなった。
[編集] 血液銀行
いわゆる売血で、血液を提供する代わりに謝礼が受け取れるもの。しかし、麻薬常習者など感染症のリスクの明らかに高い提供者も金目当てに参加するため、当時はまだ知られていなかったC型肝炎の汚染が蔓延した。1964年のライシャワー事件により危険性が大きくクローズアップされ、善意の提供者による献血制度へ移行することとなった。
[編集] 献血
健康人が無償で血液を提供する。報酬としては簡単な血液検査、通算回数の多い献血者に対して記念品を贈る表彰。
詳細は献血を参照。
[編集] 輸血(輸血製剤)の種類
輸血製剤の量は「単位」で表記する。日本では200mlの献血から作られる量が1単位で、国により量が異なる。
[編集] 全血輸血
略称はWB(英訳名のWhole Bloodから)。
採集された血液をそのまま輸血する方法。現在はあまり一般的ではない。なぜなら、血液成分は赤血球・血小板・血漿それぞれが保存条件が異なるため、分離しないままでは極端に保存期間が短くなるからである。ただし、一度に複数の系統の血液成分を補う必要がある場合には全血輸血の理論的適応がある。複数の血液製剤を使うよりも感染を受ける機会を減らすことができるからである。しかしながら、現在では血液センターからの全血供給は注文制であり、限られている。
[編集] 濃厚赤血球
略称はRC-M.A.P.(英訳名のRed cell Concentrates mannitol adenine phosphateから)。
赤血球を分離し、MAPなどの保存液を添加したもの。極度の貧血(鉄欠乏やビタミンB12欠乏など薬物治療が有効でないものに限る)や外傷・手術による出血に対して用いる。2007年2月より全白血球除去となり、薬価も4000円ほど(400ml)高くなった。保存期間は2~6℃で21日間。
[編集] 濃厚血小板
略称はPC(英訳名のPlatelet Concentratesから)。
血小板の不足による出血に対して用いる。保存期間は20~24℃で振盪して72時間。2004年10月より全製剤白血球除去(1バッグあたり10の6乗以下)となっている。
[編集] 新鮮凍結血漿
略称はFFP(英訳名のFresh-frozen Plasmaから)。
新鮮血から分離した血漿成分を直ちに凍結したもの。使用直前に溶解し投与される。血漿中にはアルブミンなどの血漿蛋白や種々の凝固因子が含まれる。血中蛋白の不足だけならばアルブミン製剤で補えるので、新鮮凍結血漿が必要になるのはDICなど凝固因子が枯渇している場合である。2005年から6か月間の検疫がされている。保存期間は-20℃以下で1年間。
[編集] 輸血に関わる検査
[編集] 献血時
- 感染症スクリーニング - 輸血用血液はすべて、感染症に対するスクリーニングが行われている。2005年現在、B型肝炎ウイルス、C型肝炎ウイルス、HTLV-1、HIV、ヒトパルボウイルスB19および梅毒トレポネーマに対し行われている。
HBVはNAT感度以下の低ウイルス量でも感染する可能性があるためNATだけでなく、抗HBc抗体も測定されている。HBV,HCVのそれぞれの平均ウインドウ期間は34日,23日である。HIVについてはウインドウ期間(window period)が11日と短縮された。海外渡航などのリスクがあれば34日以上は献血を避けるべきである。
[編集] 輸血前
[編集] 輸血に伴う反応
[編集] 生理的反応
[編集] 合併症
[編集] 感染症
- 輸血後肝炎:献血者の血液が持つB型肝炎ウィルスやC型肝炎ウィルスがスクリーニングをすり抜けて受血者に感染する。頻度は1万~10万に1回の割合で発生する。
- HIV感染:確実例は3回4例で、NAT検査導入後は1回のみ。
- 敗血症:血液製剤が細菌で汚染されていた場合、室温保存の血小板製剤で可能性が高い。輸血前に血液製剤の色調、混濁、溶血をチェックすることで防止できる。
- 赤血球製剤の場合は特にセグメントチューブ(輸血バッグに付いた細いソーセージ状のチューブ。交差適合試験のための検体を採取する)内はバッグ本体内よりも腐敗が早期に現れるので、ここを観察すると良い。
- 赤血球ではアクネ菌が多いが、これは弱毒で敗血症をおこさない。
[編集] 免疫反応
- 蕁麻疹、かゆみ、発熱:いずれも抗原・抗体反応を基盤としておこると考えられている。頻度はもっとも多く、0.5~2%
- 移植片対宿主病(graft versus host disease: GVHD):受血者血液中で残存した供血者リンパ球が受血者組織を攻撃しておこす病態、血液製剤の放射線照射で防止できる
- ABO不適合輸血(事故):血液型検査ミスより患者や血液製剤の取り違えなど事務的ミスでおきることが多い。メジャー不適合でも死亡率は10%程度。早期に発見して処置しすれば助かる。それゆえ、輸血開始後5分間は看護師がベッドサイドにいて観察することが必要。
- 輸血関連急性肺傷害(Transfusion-related acute lung injury: TRALI):おそらくは白血球抗体による反応のために急性の呼吸困難をおこす病態。
- 同種感作:血液製剤中の白血球がもつHLAなどにより抗体ができる。血小板輸血不応などの原因になる。現在血小板製剤は白血球が1バッグ当たり10の6乗以下となっているが、患者が経産婦や輸血経験者の場合ではこの程度の除去では防止することができない。
[編集] その他
- 高カリウム血症:溶血した血球からカリウムが漏れ出すことにより起きる。
- クエン酸中毒:抗凝固薬として添加されているクエン酸により、低カルシウム血症、代謝性アシドーシスを起こす。
- 濃厚赤血球液を1日10単位以上輸注すると相対的に血小板や凝固因子が低下し、凝固障害を起こす。
[編集] 関連項目
_参考文献 輸血学 第3版 遠山博ほか(中外出版社)2005 新版今日の輸血 霜山龍志(北海道大学出版会)2006