アドホック
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
アドホック(ad hoc)は、「その場しのぎの(その場限りの・それだけのための)」という意味。特定の目的のためだけに行われる表面的な解決策・論法などを形容する言葉である。原語は、「これに関して(for this)」を表すラテン語。
目次 |
[編集] アドホックな仮説
アドホックな仮説(Ad hoc hypothesis)とは、ある理論が反証されたときに、その反証を否定するためにその理論に後から付け加えられる補助仮説のことである。その場しのぎの仮説ともいう。(俗っぽく言えば、取ってつけたような仮説と言える。)
反証主義の立場からすれば、反証可能性を減少させるようなアドホックな仮説は認められない。すなわち、アドホックな仮説は、しばしば当の仮説の反証可能性を奪い、結果的に仮説そのものの科学的な地位を消し去ってしまう、と見なされているのである。
理論分析などにおいて、特定の結論を導くために用いられる仮定については、アドホックな仮定(Ad hoc assumption)と呼ばれる。これに関しては科学的に有益である限り問題ない。
[編集] 代表的な事例
この種の仮説の代表的な事例として、燃焼に関する「フロギストン仮説」についてのものが挙げられる。一般に、ものを燃焼させれば煙が立ち上ることから、なにものかが燃焼中に放出されているのではないか、と見なしたのがフロギストン仮説である。この仮説に従えば、燃焼後の物体は質量が減少しているはずである。
フロギストン仮説そのものは、立派に科学的な法則になりうる。しかし、後にラボアジエによって精密な燃焼実験が行われ、燃焼すれば質量はむしろ増加する(現代科学の仮説では、燃焼とは酸化のことであり、当然ながら酸素が加われば質量も大きくなる)ことが分かった。
フロギストン仮説は否定されようとしたが、一部の科学者は仮説を偽であると認めず、新たな補足を加えた。この補足がアドホックな仮説と呼ばれる。それは、「フロギストンはマイナスの質量を持つから、フロギストンが燃焼中に出て行けば逆に質量は増加する」というものであった。
このアドホックな仮説は、マイナスの質量を検出することが不可能であるため(燃焼の前後の質量を比較する、という方法が提案されたが、それはマイナスの質量を持つことを必ずしも裏付けない)、反証可能性を持たない。反証可能性を持たなければ、一連の仮説の全体が崩れてくる。結局のところ、このアドホックな仮説は、科学的に有意義なはずのフロギストン仮説を空疎な議論に貶めてしまったのである。
[編集] 関連項目
科学哲学のトピックス | ||
科学と非科学 | 線引き問題 - 反証可能性 | |
帰納の問題 | 帰納 - ヘンペルのカラス - 斉一性の原理 - グルーのパラドックス | |
パラダイム論 | パラダイム - 通約不可能性 - プログラム仮説 | |
観測 | 観測選択効果 - 人間原理 | |
立場 | 道具主義 - 科学的実在論 - 反実在論 - 社会構成主義 | |
人物 | カール・ポパー - トーマス・クーン - ネルソン・グッドマン | |
分野 | 物理学の哲学 - 時空の哲学 | |
言葉 | モデル - デュエム-クワイン・テーゼ - 検証と反証の非対称性-悪魔の証明 - オッカムの剃刀 - アドホックな仮説 | |
因果律 | 因果律 - 先後関係と因果関係 - 決定論 | |
関連項目 | 論理学の哲学 - 認識論 | |
|
[編集] 外部リンク
その場しのぎの仮説 (SkepDic 日本語版)