科学的実在論
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
科学的実在論(かがくてきじつざいろん、Scientific realism)とは、科学哲学におけるモノの存在に関する立場のひとつで、「科学的なモデルの中に登場する電子や光子や波動関数といった対象は、実際に、そのような形で、存在しているのだ」とする考え方のこと。存在論上の立場のひとつ。
目次 |
[編集] 対立する立場
対立する立場のひとつに道具主義がある。道具主義は、「科学的な概念は、単に説明や理解のための道具に過ぎず、それは実在を写したものかどうかは分からないし、実在していようがしまいが気にかけない」と主張する立場。現在の物理学者に対して「電子は存在するのか、波動関数は実在するのか」といった存在論的な問いを発した際に受ける最もよく見られる受け答えは、この道具主義の立場に基づくものである。
[編集] 科学的実在論の位置づけ
[編集] 戸田山による位置づけ
科学的実在論を擁護している論者のひとりに戸田山和久がいるが、その戸田山は著書『科学哲学の冒険』(150P)の中で、"独立性テーゼ" と "知識テーゼ" なる独自の言葉を創出し、それらを分類基準として、様々な関連する立場を分類している。"独立性テーゼ" とは「わたしたち人間の認識活動とは独立して、世界の存在や秩序があるはずだ」という主張、"知識テーゼ" とは「世界に存在するものや、それを統べる秩序について、私達は正しく知ることができるはずだ」という主張。この二つの主張をそれぞれ認めるかどうか、を基準にして関連する立場を次のように分類した。
知識テーゼを | |||
認める | 認めない | ||
独立性テーゼを | 認める | 広義の実在論 | |
科学的実在論 | 反実在論 (操作主義、道具主義、構成的経験主義) |
||
認めない | 観念論 (独我論) 社会構成主義 |
[編集] 緒論が対立する背景
科学的概念にかんする以上のような対立が生まれる背景には、現在の理論物理学のモデルの中に、電子や波動関数といった、日常感覚から言えばかなり奇妙な性質をもつ対象が頻繁に登場する、という事情がある。例えば電子には大きさがないかもしれない、と考えられている。また波動関数は波の進む速さ(位相速度)が光速を超えており、コペンハーゲン解釈に従えば、その状態は一瞬のうちに全宇宙的に変化する、とされる。 こうしたかなり特殊なありかたで記述される種々の物理学上の概念に出会ったとき、実際にそうした対象が普通の意味で存在しているのか、という点について、人によって意見がわかれることになる。
[編集] 普通の人間の立場
ちなみに普通の人間の取っている立場は、厳密な意味では上記の分類のどこにも位置づけられない。普通の人間は、目の前に机が見えれば、「あ、机があるな」と素朴に考えるが、いちいち、「本当に机は存在しているのだろうか?」「実際に目に映るこのような形で、机は実在していると考えていいのか?」といったややこしい事は考えない。こうした普通の人間が日常生活を送る上で前提にしている存在に関する態度は、科学哲学の世界では素朴実在論と呼ばれており、 上の表の中で、素朴実在論の立場に一番近いものをあえて選ぶなら、科学的実在論が最も近い。
ちなみに、どんな突飛な存在論的主張をしている哲学者であっても、日常生活を送る上では、素朴実在論に基づいた行動を取っており、例えば車にひかれそうになったなら、「本当に車は私に向かってきているのか?」などと問うこともなく、急いで逃げだす、などがその例である。
[編集] 参考文献
- 戸田山和久 『科学哲学の冒険――サイエンスの目的と方法をさぐる』 日本放送出版協会 2005年 ISBN 4-14-091022-4
- 科学的実在論を擁護する立場から書かれた一冊。科学的実在論の立場を擁護することは非常に難しい、と前置きした上で、反実在論との違いを比較し、細かく論証していく。一般の人でも読める親切で分かりやすい構成になっており、科学哲学の入門書としてもお勧めの一冊。
[編集] 外部リンク
英語のページ
- 「Scientific Realism」 - スタンフォード哲学百科事典にある科学的実在論についての項目
科学哲学のトピックス | ||
科学と非科学 | 線引き問題 - 反証可能性 | |
帰納の問題 | 帰納 - ヘンペルのカラス - 斉一性の原理 - グルーのパラドックス | |
パラダイム論 | パラダイム - 通約不可能性 - プログラム仮説 | |
観測 | 観測選択効果 - 人間原理 | |
立場 | 道具主義 - 科学的実在論 - 反実在論 - 社会構成主義 | |
人物 | カール・ポパー - トーマス・クーン - ネルソン・グッドマン | |
分野 | 物理学の哲学 - 時空の哲学 | |
言葉 | モデル - デュエム-クワイン・テーゼ - 検証と反証の非対称性-悪魔の証明 - オッカムの剃刀 - アドホックな仮説 | |
因果律 | 因果律 - 先後関係と因果関係 - 決定論 | |
関連項目 | 論理学の哲学 - 認識論 | |
|