帰納
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帰納(きのう、Induction)法とは、個別的・特殊的な事例から一般的・普遍的な規則を見出そうとする推論方法のこと。対義語は演繹法。演繹においては前提が真であれば結論も必然的に真であるが、帰納においては前提が真であるからといって結論が真であることは保証されない。
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[編集] 帰納とは
一般的にいって帰納は、あくまでも確率・確度といった蓋然性の導出に留まる。例えば、「ネコaはネズミを追いかける」「ネコbはネズミを追いかける」「ネコcはネズミを追いかける」という事例が幾つかあるので、「全てのネコはネズミを追いかける」と結論を下すとしよう。ここでは、自分が見たネコだけから「全てのネコ」という全称命題に範囲を飛躍させている。しかし、この先新たにネズミを追いかけない猫が発見される可能性は常にある。従って、「全てのネコはネズミを追いかける」と定式化することには疑問が残る。
更に例を挙げよう。地上で太陽を観測し、三日かけて次の観測事実を得たとする。「おとといも、昨日も、今日も、太陽は東の高い山の脇から上ってきた。」。ここから次のように結論するのが枚挙的帰納法である。「太陽はいつも、東の高い山の脇から上る」。
[編集] 演繹との比較
帰納という言葉は広義には演繹ではない推論(枚挙的帰納法、アナロジー、アブダクション)全般のことを指すが、狭義には枚挙的帰納法のことを指す言葉として使われる。ここでは演繹を含め、それぞれの推論が持つ特徴を比較する。
演繹(deduction) | 演繹ではない推論(広い意味での帰納 induction) | |||
枚挙的帰納法(狭義の帰納) | アナロジー | アブダクション | ||
例 | <前提1> AならばB、である。 <前提2> <結論> Bである。 |
<前提1> a1はPである。 <前提2> <結論> (たぶん)全てのAはPである。 |
<前提1> aはPである。 <前提2> <結論> (たぶん)bはPである。 |
<前提1> aである。 <前提2> <結論> (たぶん)Hである。 |
情報量 | 増えない。 (結論の内容は全て前提の内容に含まれている) |
増える。 (結論は、前提に含まれていた内容を超える内容を持つ) |
||
真理保存性 | ○ (正しい演繹的推論は、前提が正しければ、必ず結果も正しい) |
× (前提が正しくても、結論の正しさは保障されない) |
[編集] 確証性の原理
このように、帰納とは、個別・特殊的事実の多さから結論がどのくらい確からしいものかを導くための推理といえる。これは確証性の原理とも呼ばれ、次のように定式化されている。「法則に関連する観察が増えれば増えるほど、その法則の確からしさは増大する」。
[編集] 帰納の正当化

一方、確実性の根拠としての帰納法的証明を試みようとすれば、論理的な困難が生じる。帰納法によってなんらかの仮説を(蓋然的にではなく確実的に)正当化する場合、当の証明者は「全ての物事は、他に事情がない限り、いままで通り進んでいく」という斉一性の原理に従っている(自然の斉一性を参照されたし)。しかし、この原理を正当化するすべは(少なくとも帰納法的証明のうちには)ない。
[編集] 帰納法の欠点
確証性の原理をとるにせよ、斉一性の原理をとるにせよ、帰納法で仮説を正当化する企ては、なんらかの壁にぶつかるのである。
帰納法が間違う有名な例とて、「ビールには水が入っている」、「ウィスキーにも水が入っている」、「ブランデーにも水が入っている」、よって「水を飲むと酔っ払う」というものがある。
データから理論を導き出す試み、すなわち帰納的推理はベーコンらによって始められ、J.S.ミル『論理学体系』においてある程度体系化され、その後近代論理学や統計学と結びついて研究されている。
[編集] 外部リンク
英語のページ
- 「Deductive and Inductive Arguments」 - インターネット哲学百科事典にある帰納についての項目
- 「Inductive Logic」 - スタンフォード哲学百科事典にある帰納についての項目
[編集] 関連項目
- 演繹
- 数学的帰納法(演繹の一種)
- アブダクション
- 完全帰納
- 不完全帰納
- ヘンペルのカラス
- 自然の斉一性
- 検証と反証の非対称性
- 大数の法則
- ヒューリスティックス
- 認知バイアス
[編集] 参考文献
- 戸田山和久 『科学哲学の冒険』 「第三章 ヒュームの呪い」 67-95頁 2005年 日本放送出版協会 ISBN 4-14-091022-4
- 三浦俊彦 『論理学入門』 「第十三節 演繹と帰納」 104-111頁 2000年 日本放送出版協会 ISBN 4-14-001895-X
- 市川伸一 『考えることの科学』 「第三章 帰納的推論」 41-60頁 1997年 中央公論社 ISBN 4-12-101345-X
- 鹿取 廣人・杉本 敏夫 編 『心理学(第2版)』 「第六章 4-2 推論の方法」 169-174頁 東京大学出版会 2004年 ISBN 4-13-012041-7
科学哲学のトピックス | ||
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帰納の問題 | 帰納 - ヘンペルのカラス - 斉一性の原理 - グルーのパラドックス | |
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