キャセイ・パシフィック航空機撃墜事件
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キャセイパシフィック航空機撃墜事件(-こうくうきげきついじけん)とは1954年7月22日に発生したキャセイパシフィック航空機が公海上で中華人民共和国の人民解放軍空軍によって撃墜された事件である。なお撃墜の理由については中華人民共和国当局は明らかにしなかったが、航空会社に対して賠償金を支払ったため、暗に責任を認めたと言われている。
[編集] 事件の概要
バンコク発香港行きとして運行中のキャセイパシフィック航空(イギリス領香港)のダグラスDC-4(登録記号VH-HEU)が中華人民共和国の海南島沖37Kmの南シナ海の公海上(北緯36度18分、東経100度28分)を飛行中、中国人民解放軍空軍のLa-7戦闘機に突如攻撃を受けエンジン及び燃料タンクが被弾し爆発した。
この銃撃で死者が出たが、通信士は緊急通信を送信し、パイロットは機体の緊急着水を試みたがコントロールが途中できかなくなり激しく海面にたたきつけられた。緊急通信を受信したイギリス軍やフランス軍の軍用機が急行し、最終的にはアメリカ軍の救難水陸両用機によって生存者9人が救助されたが、10人が死亡した。
そもそも中国人民解放軍空軍機が、領空侵犯したわけでもない民間航空機をなぜ事前の警告なしに攻撃し撃墜したのかという事件の核心部分は中華人民共和国当局から明らかにされず、中華人民共和国政府からの謝罪も事情説明もなされなかったが、結局キャセイに対して268,500ポンドが支払われた。そのため、なんらかの中国人民解放軍空軍内部の判断ミスがあり、それを暗に認めたと言えるが、実際はどうしてこのような事件が起きたかは明らかではない。