バンコク
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バンコク首都府 Bangkok Metropolitan Administration กรุงเทพมหานคร |
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県庁所在地 | プラナコーン区 |
面積 | 1,568.7km² |
人口 | 6,355,144人 (2000年) |
人口密度 | 4,051人/km² |
ISO 3166-2 | TH-10 |
地図 | |
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バンコク(英:Bangkok)とはタイ王国の首都である。タイ語の正式名称はクルンテープマハーナコーン (กรุงเทพมหานคร)。略称のクルンテープ (กรุงเทพฯ)が広く使われる。
目次 |
[編集] 歴史
[編集] 建設
バンコクの歴史は1782年、ラーマ1世がタークシンを処刑しそれまでのトンブリーからチャオプラヤー川対岸に首都を移したことに始まる。ラーマ1世が遷都した理由として、トンブリーがチャオプラヤー川西岸にあり、当時チャオプラヤー川周辺に勢力を広げようとしていたビルマのコンバウン王朝(現、ミャンマー)の進入が容易だったからである。当時の勅命による名称は以下の通りである。
- กรุงเทพมหานคร อมรรัตนโกสินทร์ มหินทรายุธยามหาดิลก ภพนพรัตน์ ราชธานีบุรีรมย์ อุดมราชนิเวศน์ มหาสถาน อมรพิมาน อวตารสถิต สักกะทัตติยะ วิษณุกรรมประสิทธิ์
- クルンテープマハーナコーンコーシンマヒンタラーユッタヤーマハーディロックポップノッパラッタナラーチャターニーブリーロムウドムラーチャニウェートマハーサターンアモーンピマーンアワターンサティットサッカティッテイヤウィサヌカムプラシット
タイ語は後置修飾が基本であるので、意味は後ろの節から訳し、以下のようになる。
- イン神(インドラ、帝釈天)がウィッサヌカム神(ヴィシュヌカルマ神)に命じてお作りになった、神が権化としてお住みになる、多くの大宮殿を持ち、九宝のように楽しい王の都、最高・偉大な地、イン神の戦争のない平和な、イン神の不滅の宝石(詳細はリンク先を参照)のような、偉大な天使の都。
参考までに発音記号的なものを挙げると、以下のようになる。なお、太字はラーイ詩形によって韻が踏んであるところである。
- krung theep mahaanakhOOn amOOn rattanakoosin mahintharaayutthayaa mahaadilokka phop noppharat raatchathaanii burii rom udomraatchaniweet mahaasathaan amOOra pimaan awataan sathit sakkathattiya witsanukam prasit
バンコクの建設は6月10日午前6時45分にラックムアン(市の柱)が建てられ始まった。建設主任はチャオプラヤー・タンマーティコーン (ブンロート)。3年後に建設が終了した。アユタヤと同じく王宮や関連施設を含む土地の周囲には運河が掘られラッタナーコーシン島と呼ばれる人工の島を形成した。この島の中には王に許された者のみ住むことが出来た。記録によれば、当時ラッタナコーシン島に居住していたのは王族を除けばタイ族ではなく「王室華人」と呼ばれた潮州系の華人であった。
建国当初はラッタナコーシン島のみがバンコクの中心として機能していたが、タイの経済発展と共に市街地は東へ延びて行った。またラーマ5世(チュラーロンコーン)の時代にすでにラッタナコーシン島の王宮のみでは妻や子供を十分に収容することが出来ないため北にドゥシット宮殿郡を建設している。チュラーロンコーンの子供はさらに北にバーンクンプロム宮殿、スコータイタンマティベート宮殿などを建設している。
また、経済の中心もチャクリー王朝初期には当時ラッタナコーシン島から運河を挟んで東側のヤオワラートにあったが、20世紀後半にシーロム通りに中心が写った。そのためラッタナコーシン島周辺は現在、旧市街地と見なされることが多い。
建設からラーマ5世時代までは、バンコクはチャクリー王朝の王による直轄地であった。しかしラーマ5世の以降市街地が拡大を始めたため、チャクリー改革によって、バンコクは畿内省という機関の管轄に置かれることになった。
1972年には、拡大が進みバンコクの行政機関の手に負えなくなっていたノンタブリー県、サムットプラーカーン県、パトゥムターニー県がバンコクから分離。一方で1975年にはバンコクと経済的に密な関係にあったトンブリー県がバンコクに吸収されている。その間にもさらにバンコクの市街地の拡大が進んだ。
とくに1980年代にはタイ国内の投資が拡大し、タイの経済の中心であるバンコクも必然的に発展する事になった。バンコクは特に目立って教育が普及しリベラルな住民が増えたため内務省の直接統治が難しくなった。このため1985年に『仏暦2528年バンコク首都府行政組織法』が国会で成立。これ以降、住民に選ばれた知事による自治が行われている。
[編集] 名称
前述した非常に長い名称は1971年のタノーム元帥の革命後、同年の12月21日の革命団布告によって、ナコーンルワンクルンテープトンブリー(นครหลวงกรุงเทพธนบุรี)と改称された。さらに翌年には、12月13日の革命団布告によってクルンテープマハーナコーン(กรุงเทพมหานคร)と改称された。この略称としてクルンテープ(กรุงเทพฯ)が現在よく使われている。
日本語や英語で慣用されるバンコクの語であるが「バーンコーク(บางกอก)」が訛ったもので「アムラミズノキの水村」と言う意味である。日本語ではバンコック、バンコークとも表記される。「バーンコーク」はトンブリー地域における一地名であり、アユタヤ王朝初期に舶来した西洋人による誤用が広まった物であると考えられている。最近ではこの言葉がタイに逆輸入され「バーンコーク」と呼んだり、英語からの訛で「ベンコック」とよんだりされることもある。バンコクは漢字では曼谷、盤谷とも書かれる。
[編集] 行政
よく間違われるがバンコクは県ではなく首都府である。
都章はそのフルネームに由来するプラ・イン(インドラ)がエーラーワン象に乗っているところを示したものである。
バンコクはある程度内閣による制限があるもの、他の県と違い内務省の役人でなく選挙で選ばれた知事が行政を行う。2004年からはアピラック・コーサヨーティンが知事をつとめる。
バンコクは50の区(ケート)に分かれる。
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[編集] 経済
バンコクはタイの経済の中心であり、タイ証券取引所(SET)がある。市内には大企業の本社や外国企業の支店、大規模なデパートやショッピングセンターなどが立ち並ぶなど、バーツ経済圏の中心でもあり、間接的に、ラオス、カンボジア、ミャンマーの経済の中心地でもある。その他、金などの貴金属や宝石などの取引の中心である。
また、タイの他の観光地と同じく、観光も大きな産業の一つとなっており、市内の至る所で日本や中華民国などのアジア諸国の他に、ヨーロッパやアメリカから来た観光客を目にすることができる。
[編集] 日本企業
第二次世界大戦前より多くの日本企業が進出しており、特に1960年代の高度経済成長前後にはホンダや三菱電機、東京海上日動、鹿島建設、間組、東急や伊勢丹など、さまざまな業種にわたる日本企業が進出してきている。また、これらの企業進出にあわせて日本人学校の生徒数も増加を続けている。
[編集] 交通
郊外電車が殆ど走っていない上、列車は極端に本数が少ないため、中流階級以上を中心に乗用車が、また、タクシーやバスが公共交通機関として広く用いられているが、これがバンコクを世界有数の渋滞都市にしている。近年は渋滞解消のため地下鉄が開通し、更なる路線の建設が進められている。
[編集] バス
バンコク大量輸送公社が経営する。このバスはエアコン・バス、ノンエアコン・バス、などに分かれエアコン・バスは距離によって12~20バーツ、ノンエアコン・バスは公社(赤バス)は7バーツ、民間(白バス)は8バーツとなっている。時刻表はなく数多くの本数が走っているが、渋滞の影響をもろに受ける弱点がある。
[編集] タクシーなど
タクシーも初乗り35バーツと経済的なのでよく利用される。主にトヨタカローラや日産サニーが使用されている。有名なトゥクトゥクは、安全性の観点と排気ガス規制などの理由から現在新規登録ができなくなっており、これから減少が予想される。主に郊外の小道でよく利用されるのが、ピックアップトラックの荷台を改造したソンテウと呼ばれるミニバスや、モーターサイ(いわゆるバイクタクシー)などがある。
[編集] 鉄道
1999年12月に、高架鉄道 BTS(Bangkok Mass Transit System、通称スカイトレイン)が開業した。北~東を走るスクンビット線と、南~西を走るシーロム線から成っており、両線はサイアム駅で交わっている。初乗りは10バーツ。また、2004年7月3日にはバンコクに初の地下鉄が開通した。バンコク・メトロが経営する。
[編集] ボート
バンコクではチャオプラヤー川が南北を横断しておりこれを利用したチャオプラヤー・エクスプレスと呼ばれる水上交通も利用されている。運賃は5バーツから。またセーンセープ運河を中心に市営ボートも運営されているほか、トンブリー区やミンブリー区を中心に長尾船が運行されている。
[編集] 航空
アジア最大となるスワンナプーム国際空港が、バンコク中心部から32km東方のサムットプラーカーン県バーンプリー郡に2006年9月28日に開港した。東南アジアのハブ空港として、観光国タイの表玄関として世界中から航空路線が集まっている。ヨーロッパ諸国から東南アジア各国やオーストラリアなどへの通過点としても名高い。
なおバンコクは、近年ではタイ・エア・アジアやノック・エアなどのタイ国内線やアジア圏内を運行する格安航空会社が競って乗り入れており、航空の要所としての地位がますます高まっている。
また、日本からは東京や大阪、名古屋、広島、福岡などの主要都市からタイ航空や日本航空、全日空やバンコクエアウェイズなどがそれぞれ一日に数便運航している他、台北や香港経由で行くこともできる。
[編集] 見どころ
交通の要所である上に観光資源が豊富なこともあり、東南アジア観光の中心地でもある。中心部やチャオプラヤー川沿いにはザ・オリエンタル・バンコクやシャングリ・ラ、プラザ=アテネなどの高級ホテルが立ち並び、また、物価も比較的安いことから、カオサン通りなどバックパッカーが集まる一帯もある。
また、パッポン通りやソイ・カウボーイなどはバーが立ち並び、ナイトライフが活気を見せており多くの観光客をひきつけている。
- ワット・ポー
- ワット・プラケオ
- ワット・アルン
- 王宮
- ルンピニー公園
- パッポン通り
- シーロム通り
- チャオプラヤー川
- 水上バス
- 水上マーケット
- ジム・トンプソン・ハウス
- ザ・オリエンタル・バンコク
- バイヨークタワー
[編集] 姉妹都市
バンコクの姉妹都市は以下の通り。
- ワシントンD.C.(アメリカ合衆国)-- 1962年2月19日
- 北京(中華人民共和国)-- 1993年5月26日
- モスクワ(ロシア)-- 1997年6月19日
- マニラ(フィリピン)-- 1997年6月24日
- 福岡(日本)-- 2006年2月8日
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- タイの県と特殊地域
-
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