コンデンシン
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コンデンシン(condensin)は、染色体凝縮とその分離に中心的な役割を果たすタンパク質複合体である。分裂期の染色体を構成する主要なタンパク質として、アフリカツメガエルの卵抽出液から初めて同定された。高等真核細胞では、現在コンデンシンIとコンデンシンIIと呼ばれる2つの複合体の存在が知られている。そのコアとなるサブユニット(SMC2とSMC4)は、SMCタンパク質と総称されるATPアーゼのファミリーに属する。コンデンシンIとコンデンシンIIは2つの SMC コアサブユニットを共有するが、異なるセット(それぞれ3つ)の non-SMC サブユニットを持つ。
コンデンシンIとコンデンシンIIは、細胞周期において異なる制御を受けている。コンデンシンIIが、細胞周期を通じて核内あるいは染色体上に局在するのに対し、コンデンシンIは間期では細胞質に存在し、前中期で核膜が崩壊した後初めて染色体と接触する。このことから予想されるように、前期核内での染色体凝縮は主にコンデンシンIIによって担われている。前中期以後の染色体凝縮には、2つのコンデンシンが必須である。蛍光抗体染色法によると、コンデンシンIとコンデンシンIIは共に中期染色分体の中心軸上に局在し、その分布は重複せず軸上に交互に現れるように見える。生細胞内における発現抑制実験やカエル卵抽出液中での免疫除去実験によると、2つのコンデンシンは独自の機能をもちながらも協調して中期染色体の構築に貢献していることが示されている。
ツメガエル卵から精製されたコンデンシンIは、ATP加水分解活性をもち、その活性は DNA への結合によって促進される。また、ATP加水分解に依存して DNA 上にポジティブのねじれ(正の超らせん)を導入することができる。この活性は、Cdk1キナーゼを介したリン酸化によって分裂期特異的に促進されることから、染色体凝縮に直接関与する本質的な反応であると考えられている。さらに、単分子DNA操作技術を用いると、コンデンシンがATPの加水分解に依存してDNAを凝縮させることをリアルタイムで観察することも可能である。
コンデンシンに類似したタンパク質複合体は原核生物にも存在し、やはり染色体の構築と分離に関与している。 真核生物では、コンデンシンIに固有のサブユニットが酵母からヒトまで広く保存されているのに対し、コンデンシンIIに固有のサブユニットは酵母には存在しない。面白いことに、線虫Caenorhabditis elegansはコンデンシンIをもたず、コンデンシンIIのみをもつらしい。一方、単細胞性の紅藻類Cyanidioschyzon merolaeでは、そのゲノムは酵母とほぼ同一のコンパクトサイズであるにもかかわらず、コンデンシンIとIIを共にもっている。すなわち、進化の過程においてゲノムの巨大化とコンデンシンIIの獲得の間には必ずしも強い相関関係はない。
最近の研究によれば、コンデンシンは細胞分裂期以外の時期においても多彩な機能を持つ。酵母では、コンデンシンサブユニットが遺伝子発現の抑制あるいは複製チェックポイントの制御に関与していることが示されている。また線虫では、コンデンシンに類似の複合体が遺伝子量補償の主要な制御因子として働いている。高等真核細胞においては、コンデンシンIIがゲノムの安定性、発現に大きな機能を果たしている可能性が高い。