染色体凝縮
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
染色体凝縮(せんしょくたいぎょうしゅく:chromosome condensation)とは、間期の細胞核内に分散していたクロマチンが、細胞分裂期においてコンパクトな棒状の構造に変換する過程のことをいう。この過程は、分裂後期において姉妹染色分体が正確に分離するための必須な前段階であり、その欠損は染色体の分離異常、ひいてはゲノムの不安定化を引き起こす。
例えば、ヒトの2倍体細胞内には22対(22x2)の常染色体、およびXXあるはXYの性染色体、計46本の染色体DNAが存在する。そこに含まれるDNAの全長は約2メートルに達する。DNAはまずヌクレオソーム構造に折り畳まれ、さらに30 nmファイバーと呼ばれる構造をとる。間期では、これが直径約10マイクロメートルの細胞核内に収められている。分裂期にはいると、核膜が崩壊し、クロマチンは棒状の構造体に変換され、個々の“染色体“の識別が初めて顕微鏡下で可能となる。元来、染色体とは、この分裂期に観察される凝縮した構造体を指す用語であったが、近年ではその意味するところは広くなっている。
一方、染色体の高次構造についての理解が進んでいないため、染色体凝縮という語の定義も必ずしも明確ではない。上記のように、間期においてDNAは既にクロマチン構造をとり核内に収納されている。分裂期の染色体凝縮とは、単に長さを縮めるための過程ではなく、ランダムコイル状のクロマチン繊維を棒状の構造体へ組織化する過程と考えたほうがより適切である。さらにこの過程で重要なことは、複製したDNA間の絡み合いを解き、分離可能な2本の姉妹染色分体を構築することにある。原理的には、2本の姉妹染色分体への分解(レゾルーションresolution)と個々の染色分体の組織化(コンパクションcompaction)という2つの過程に分けて考えることが可能であるが、これらの過程は同時期にしかも相補いながら進行するため、合わせて染色体凝縮という場合が多い。
最近になり、この過程に中心的な役割を果たすと考えられる巨大なタンパク質複合体コンデンシンが同定された。コンデンシンはATPアーゼ活性をもち、ATP加水分解から生ずるエネルギーを用いて染色体凝縮を担っているらしい。しかし、そのメカニズムの詳細については不明な点が多い。またレゾルーションの過程には、染色体腕部からコヒーシンが部分的に解離することに加え、II 型トポイソメラーゼの働きが必須である。
コンデンシンは酵母からヒトまで真核生物に広く保存されているが、これに類似した複合体はバクテリアにも見いだされる。その機能を欠損させると、核様体(真核細胞の染色体に相当する)の構造異常および分離異常が引き起こされる。すなわち、バクテリアにおいても染色体凝縮に相当する過程が存在し、その分離に大きな役割をはたしているらしい。これらの新しい知見は、染色体凝縮という過程を分子レベルでとらえ直し、さらに染色体高次構造を進化的視点から理解する上で極めて重要である。