ジェイ・リビングストン
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ジェイ・リビングストン(Jay Livingston, 1915年3月28日 - 2001年10月17日)は、アメリカ合衆国の作曲家。レイ・エバンズとのコンビで映画音楽を創作したことで知られている。
[編集] 経歴
本名、ジェイコブ・ハロルド・レビソン(Jacob Harold Levison)。ペンシルバニア州マクドナルド出身。また、ユダヤ人でもあった。
リビングストンは、ペンシルバニア州ピッツバーグでハリー・アーチャーにピアノを習い、高校在学中には、校内のクラブでミュージシャンとして活動した。高校卒業後、ペンシルバニア大学に入学し、ダンスバンドを結成した。そこで、このバンドに所属していて、後に生涯の親友となるレイ・エバンズと出会う。
1937年、リビングストンとエバンズは音楽の創作活動を始める。1948年に公開された映画『腰抜け二挺拳銃』(The Paleface)のために作られた『ボタンとリボン』(Buttons and Bows)という曲で初めてアカデミー歌曲賞を受賞。1950年には、映画『別働隊』(Captain Carey, U.S.A.)の主題歌である『モナ・リサ』(Mona Lisa)、さらに、1956年には、映画『知りすぎていた男』(The Man Who Knew Too Much)の主題歌である『ケ・セラ・セラ』(Que Sera Sera)でもそれぞれアカデミー歌曲賞を受賞した。また、1951年に公開された映画『腰抜けペテン師』(The Lemon Drop Kid)の曲で、クリスマスソングでもある『銀の鐘』(Silver Bells)を創作したことでも知られる。
2001年10月17日、肺炎のためカリフォルニア州ロサンゼルスで死去。86歳だった。遺体はウエストウッド・メモリアルパーク内の墓地に埋葬された。