ソクラテス以前の哲学者
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初期ギリシア哲学者(紀元前6世紀から前4世紀)、
などを総称し、ソクラテス以前の哲学者(そくらてすいぜんのてつがくしゃ、フォアゾクラティカーとも)と呼ぶ。ソフィストはソクラテスと同時代人であるが、慣例としてソクラテス以前の哲学者に含める。
ソクラテス以前の哲学者たちの思想は難解をもって知られ、またその範囲についても議論の余地がつねに残る(哲学者という概念はソクラテス以後のものであり、ソクラテス以前の哲学者という分類が哲学史のなかに確立したのは18世紀の後半である)。これにはいくつかの理由が考えられる。
- 彼らの思想内容を直接知ることが困難である。
- 彼らのほとんどが膨大な量のテキストを書いたと推測されるが、直接伝わっているものはひとつもない。現在存在するテキストの全ては、それらの部分部分、また後世の哲学者、歴史家からに引用された断片である。したがってそれらのテキストの精確な文脈は、推測によって補うほかない。ピュタゴラスのように、その発言が一切伝わっていない思想家すらいる。
- 彼らの伝記も細部は不詳であり、その関連を精確に跡付けることが難しい。
- 彼らのまとまった伝記が同時代にあったわけではなく、現在利用可能な資料は、後世の人の記述である。それらは断片的で、また時には相互に矛盾している。たとえば、タレスはしばしば最初の哲学者と呼ばれ、その弟子にアナクシマンドロスがいるとされるが、研究者のなかには、アナクシマンドロスがタレスに先行すると考えるものもいる。
- 他の思想家の言説との関係や属していた文化や社会との関係が不明であるということは、それぞれの言述内容の解釈に、あいまいさを残す要因となりえる。
- 表現の形式が難解である。
- プラトン以前のギリシアの思想家たちは、みな散文によってでなく詩の形式を用いた。表現は短く凝縮されていて、そこから多様な解釈が可能になる。また彼らの多くは、それまで問題にされたことのない事柄について語ったため、新しい概念の枠組みを自ら発明しなければならなかった。既存の思想を準拠枠として彼らが使わない、使いえないことで、彼らが何を語っているかを読み解くには、しばしば大きな困難が生じる。
ソクラテス以前の哲学者の多くは、自然と宇宙を自ら思索の対象とした。そのため彼らの思想は、宇宙論あるいは自然学としばしば呼ばれる。彼らは外界の現象について、それまでの擬人的な神話による説明を排除し、より一般化された非擬人的な説明を求めた。たとえば雷は、ゼウスが怒り雷撃を投げているのではなく、雨雲が空気の裂け目を生じその裂け目目から嵐が吹き出し光がみえているのだと説明される。
彼らが説明を試みようとしたものには、
- すべてのものはどこからくるのか? (アルケー=事物のはじめは何か)
- すべてのものは何から作られているのか?
- 自然の中にあるものが多く存在するとはどういう事か?
- なぜ数というひとつのものでそれらを説明できるのか?
などがある。
イオニアの自然哲学は宇宙生成論から出発し(宇宙はなにから生じるのか)、次第に身の回りの現象を説明する方向へと向かった。個々の現象についてなぜそのような現象が生起するのかが問われ、さらに、そのような現象すべてを統御する原理が求められた。「ロゴス」と呼ばれたその統制原理は、火や数という具体的なもののなかに求められた。ここから数の性質を問い、派生的な諸概念、たとえば無限についての探求が行われた。また自然現象への問いは、宇宙の究極的構成原理としての原子を仮定し、原子の機械論的運動で世界を描像する原子論にゆきついた。こうした原理への問いはまた、既存の社会、都市国家のありようを反省し、そこでのふるまいを慣習によってではなく論理によって再び規定しようとするソフィストたちの登場にもつながっていく。あるいはまた、アナクサゴラスのように、擬人的な神の描写に対する懐疑と拒否にもつながっていった。
彼らの提案した現象記述は、観察にもとづくとはいえ、思弁的で、後世の自然科学からは否定される。後世の学者たちは、ソクラテス以前の哲学者たちが提示した答えのほとんどを真実とは受け取らなかったが、彼らが答えを求めようとした質問、さらに問いを立て探求するという態度はそのまま受け継がれた。
しかし、近代に入っての多くの自然学上の発見によって、原子論のように、その論理が再評価されたものもある。
哲学史の上では、ソクラテスを知るのには、ソクラテス以前の哲学者を研究する必要があると、18世紀の後半から唱えられるようになった。ドイツの古典学者ディールスは、彼らのテキストの断片を集めた『ソクラテス以前の哲学者』を刊行し、研究の土台を作った。のちにはクランツがこの作業を受け継いだ。この断片集は彼らについての言及の断片と彼らに帰せられる断片を収録したもので、現在これらソクラテス以前の哲学者のテキストに言及する場合には、出典指示のためディールス=クランツの断片集にある断片の整理番号(略称DK)を用いるのが普通である。
近現代の哲学者で、とくにソクラテス以前に注目する哲学者には、マルティン・ハイデガーなどがいる。
[編集] 関連項目
ソクラテス以前の哲学者 |
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イオニア学校 : タレス・アナクシマンドロス・アナクシメネス
ピュタゴラス教団 : ピュタゴラス・Alcmeon・Philolaos・Archytas・Timeo エフェソス学校 : ヘラクレイトス — エレア派 : クセノパネス・パルメニデス・ゼノン |