パッサウ
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紋章 | 地図 |
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基本情報 | |
連邦州: | バイエルン州 |
行政管区: | ニーダーバイエルン行政管区 |
郡: | 郡独立市 |
緯度経度: | 北緯 48度34分 東経 13度28分 |
標高: | 海抜 294-443 m |
面積: | 69.72 km² |
人口: | 50,415人 (2005年9月30日現在) |
人口密度: | 725 人/km² |
郵便番号: | 94001 - 94036 |
市外局番: | 0851 |
ナンバープレート: | PA |
自治体コード: | 09 2 62 000 |
市の構成: | 8 市区 |
市庁舎の住所: | Rathausplatz 2 - 3 94032 Passau |
ウェブサイト: | www.passau.de |
行政 | |
上級市長: | アルベルト・ツァンクル (Albert Zankl) (CSU) |
市議会: | CSU 18, SPD 12, ödp 5, FDP 2, GRÜNE 2, Freie Wähler 2, その他 3 |
パッサウ(Passau)は、ドイツ南東部、バイエルン州の都市である。ミュンヘンから電車で2時間強、オーストリア、チェコとの国境に接する。ドナウ川(Donau)、イン川(Inn)、イルツ川(Ilz)の3つの河川がこの地で合流することから、「ドライフリュッセシュタット(Dreiflüssestadt:3河川の街)」の異名を取る。
総面積は69.72km²、人口は約50,000人。世界最大のパイプオルガンを有する聖シュテファン大聖堂(Stephansdom)の所在地として知られる。また、アウグスブルクの和議へと至る流れを決定付けた、「パッサウ条約」の舞台でもある。17世紀後半に、2度にわたる大火災に見舞われ街は灰燼に帰したが、領主司教の働きかけによりバロック様式の街並みが形成された。
[編集] 年表
- 739年 司教座設置
- 740年頃 ニーデルンブルク修道院(Kloster Niedernburg)竣工
- 1050年 聖ポール教会(Stadtpfarrkirche St.Paul)建設
- 1161年 フリードリヒ1世、ニーデルンベルク修道院を司教に寄贈
- 1217年 フリードリヒ2世の命により、パッサウ領主司教国となる
- 1219年 オーバーハウス要塞(Veste Oberhaus)建設
- 1552年 パッサウ条約締結
- 1662年 火災発生
- 1668年 聖シュテファン大聖堂建設
- 1676年 レオポルト1世、結婚式を開催
- 1680年 火災発生。
- 1803年 バイエルン選帝侯国に編入
- 1928年 カハレット・ドナウ水力発電所操業開始
- 1952年 「ヨーロッパ週間」芸術祭開催
- 1978年 パッサウ大学創立
- 1982年 ローマ美術館開館
- 1985年 パッサウ・ガラス博物館(Passauer Glasmuseum)開館
- 1989年 パッサウ市民祭開催
- 1990年 現代芸術美術館開館
[編集] 外部リンク
- バイエルン州の郡独立市
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オーバーバイエルン行政管区: ミュンヘン | インゴルシュタット | ローゼンハイム ニーダーバイエルン行政管区: ランツフート | パッサウ | シュトラウビンク オーバープファルツ行政管区: アムベルク | レーゲンスブルク | ヴァイデン・イン・デア・オーバープファルツ オーバーフランケン行政管区: バンベルク | バイロイト | コーブルク | ホーフ ミッテルフランケン行政管区: アンスバッハ | エアランゲン | フュルト | ニュルンベルク | シュヴァーバッハ ウンターフランケン行政管区: アシャッフェンブルク | シュヴァインフルト | ヴュルツブルク シュヴァーベン行政管区: アウクスブルク | カウフボイレン | ケンプテン | メミンゲン
- ニーダーバイエルン行政管区の郡および郡独立市
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郡独立市: ランツフート | パッサウ | シュトラウビンク 郡: デッゲンドルフ郡 | ディンゴルフィンク=ランダウ郡 | フレユンク=グラーフェナウ郡 | ケルハイム郡 | ランツフート郡 | パッサウ郡 | レーゲン郡 | ロタール=イン郡 | シュトラウビンク=ボーゲン郡