パラチオン
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パラチオン | |
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IUPAC名 | O,O-ジエチル O-(4-ニトロフェニル)ホスホロチオアート |
分子式 | C10H14NO5PS |
分子量 | 291.26 g/mol |
CAS登録番号 | [56-38-2] |
形状 | 白色結晶 |
密度と相 | 1.3 g/cm3, |
融点 | 6 °C |
沸点 | 157–162 °C /0.6 mmHg |
SMILES | C(C)OP(OCC)(=S)Oc1(ccc([N+1]([O-1])=O)cc1) |
パラチオン (Parathion) は殺虫剤・ダニ駆除薬の1つである。ジエチルパラチオンとも呼ばれる。純粋なものは白色結晶だが、通常、散布されるのは腐った卵やニンニクの臭いがする茶褐色の液体である。多少不安定であり、太陽光にさらすと黒ずむ。
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[編集] 使用
スプレー剤の形で、綿、米、果樹に使用される。一般的に市販されている溶液は 0.05 から 0.1% の濃度である。多くの食用となる作物に対して使用が禁じられている。高い毒性を持つこと(ヒトの LD50 は 10 mg/kg)および汚染源となることから、2005年の時点で少なくとも18か国以上(日本、欧州連合、スイス、ペルー、チリなど)において、いかなる目的についても使用が禁止されている。変異原性、催奇性、発がん性を持つことが実験によって示されている。ミツバチ、魚、鳥、および他の野生動物に対して非常に有害である。カルバメート、ピレスロイド、他の有機リン化合物など、より安全で毒性の低い多くの代替品が存在する。
[編集] 歴史
ドイツの企業複合体イーゲー・ファルベン社のゲルハルト・シュラーダーによって1940年代に開発された。第二次世界大戦後に西側連合国がその特許を接収し、以後パラチオンは様々な企業から種々の商品名で販売された。ドイツでもっとも知られた商品名は E605 (2002年以降)である。これは食品添加物のE番号とは関係なく、「E」は ドイツ語で開発番号を意味する Entwicklungsnummer の頭文字である(European ではない)。
[編集] ヒトに対する毒性
コリンエステラーゼ阻害剤として作用する。重要な酵素であるアセチルコリンエステラーゼの働きを阻害することにより、神経系を撹乱するとされる。皮膚や粘膜から、また経口摂取によっても吸収される。吸収されたパラチオンは即座に代謝されて硫黄原子が酸素原子に置き換えられたパラオキソンとなるが、これが真の毒性源である。摂取すると、頭痛、痙攣、視覚異常、嘔吐、腹痛、激しい下痢、意識喪失、震え、呼吸困難、そして肺浮腫および呼吸停止などの症状が起きる。これらの症状は長く続くことが知られており、時には数か月にも及ぶ。一般的に知られる解毒剤はアトロピンのみであり、毎日 100 mg 以下を投与する。アトロピンはそれ自体が中毒症状を引き起こす場合があるため、一度の用量を減らして回数を増やすのがよいとされている。パラチオン中毒は、早期に発見して解毒剤や人工呼吸などの処置を施せば致死率は高くない。呼吸困難や呼吸停止に陥った場合、低酸素症によって脳に恒久的な損傷を受ける可能性がある。また、急性中毒症から回復しても麻痺などの末梢神経障害が後遺症となることもある。パラチオンは自殺や計画的殺人に広く用いられてきた。後者の目的に使用されるのを避けるため、大部分のパラチオン製剤には警告色として青い色素が含まれている。
[編集] 中毒の予防
安全性を確保するために、取り扱いの際には保護手袋、防護服、有機ガス用フィルター付きマスクを着用する必要がある。使用後は速やかに体を洗う。製造工程においては、特に良く換気を行い、許容曝露濃度 (PEL) を越えないよう常に空気汚染度を確認し続けねばならない。パラチオンの作用は累積するので、作業者の血清アセチルコリンエステラーゼ活性を頻繁に測定することは安全性を確保する上で有効である。
[編集] 禁止への動き
非政府組織・国際殺虫剤ネットワーク (International Pesticide Network, PAN) によれば、パラチオンは最も危険な殺虫剤である。アメリカ合衆国に限っても、1966年以来650人以上の農業従事者が被害を受け、そのうち100人が死亡している。発展途上国においてはより多くの中毒患者が出ている。WHO や PAN など、多くの環境団体が全世界での完全な使用禁止を求めている。