ルチアーノ・スパレッティ
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ルチアーノ・スパレッティ(Luciano Spalletti、1959年3月7日 - )はイタリア・チェルタルド出身のサッカー指導者。
イタリア人指導者にしては珍しく、攻撃的なサッカーを志向する。
ウディネーゼをUEFAチャンピオンズリーグ初出場に導き、低迷していたASローマを建て直すなど、セリエA屈指の指揮官である。
[編集] 経歴
サッカー選手時代はセリエCでプレーする無名の存在だった。引退時の所属クラブ、エンポリで指導者の道を歩み始め、下部組織のコーチなどを経て、1995/1996シーズンに昇格する形で監督に就任した。監督としての頭角を現したのは、2002年の2回目のウディネーゼの監督就任以降である。2004-2005シーズン、ウディネーゼは3位でシーズンを終え、クラブ史上初のUEFAチャンピオンズリーグ出場権を手にしたが、スパレッティ自身はそのシーズンで監督を辞した。その後、同シーズン7位に沈んだASローマの監督に就任した。
ASローマでは、キャプテンフランチェスコ・トッティを中心に据えたチーム作りを進め、シモーネ・ペロッタにトップ下を任せ、ダニエレ・デ・ロッシやアルベルト・アクィラーニら若手の積極的な起用するなど、チームの再建に成功。ストライカーを起用せず、細かなパス回しとMFの走りこみを組み合わせた攻撃サッカーは、セリエAでも異彩を放ち、2005-2006シーズンには、セリエA新記録となる11連勝を成し遂げた。
[編集] 選手時代の所属クラブ
[編集] 指導者としての所属クラブ
- エンポリ(イタリア)1995-1998
- サンプドリア(イタリア)1998-1999
- ヴェネツィア(イタリア)1999-2000
- ウディネーゼ(イタリア)2001
- アンコナ(イタリア)2001-2002
- ウディネーゼ(イタリア)2002-2005
- ASローマ(イタリア)2005-
ASローマ - 2006-2007 |
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