ヴェイパーロック現象
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ヴェイパーロック現象(vapour lock)とは、自動車のフットブレーキが、過熱により油圧系統内部に生じた気泡(=vapour)のために利かなくなることをいう。しばしば「ペーパーロック」と誤記される。
これは、自動車などのフットブレーキに採用されている、液圧式ブレーキではある程度避けられない現象で、強い、または長い制動で、ブレーキに使われている摩擦材が過熱したとき、その冷却が間に合わない場合、制動力を伝達するブレーキフルードの一部が沸騰し、ブレーキ回路内に気泡を発生させ、ブレーキペダルからの力が伝わらなくなる状態のことである。症状としては、それまで踏み応えのあったブレーキペダルに反力が無くなり、数回ポンピングしても制動力が立ち上がらない状況となる。
ヴェイパーロックは、主に、高速域での強いブレーキングや、長い下り坂でのフットブレーキの使用過多により発生する。フットブレーキを解除することで、多くの場合は、走行風により冷却され、やがて回復する。長い下り坂などでは、あらかじめ速度を落とすことや、低めのギアを選び、エンジンブレーキや、その他の補助ブレーキ(※1、※2)による制動を効果的に利用することで、フットブレーキへの依存度が低くなり、ヴェイパーロックを予防できる。
また、ブレーキフルードは吸湿性が非常に高く、水分を含むと沸点が著しく下がり(DOT3のフルードは良い状態で沸点が200℃以上であるが、水分を含むにつれ、限りなく140℃に近づいていく)、それほど強いブレーキングでなくてもヴェイパーロックが発生しやすく、その後も気泡が消えにくくなるため、ブレーキ力が回復しない。それを避けるため、普段あまりクルマを使わないなど、ブレーキに熱がかからない状態が長く続いた場合、走行距離が少なくても定期的にフルードを交換する必要がある。さらに長期間交換を怠ると、マスター、ホイール(キャリパー)の各シリンダー内部にさびが発生し、ピストンが固着する原因となり、シリンダー内壁も荒れるため、交換が必要となる。
主に、長い下り坂でのフットブレーキの使用過多により発生し、エンジンブレーキによる制動を効果的に使用することで予防できる。マニュアル(MT)車では、アクセルを緩めることで自然にエンジンブレーキによる制動力が発生するためにヴェイパーロックは起こり難いが、オートマチック(AT)車では、アクセルを緩めても速度により自動的に(高いギアへの)変速が起きるためにエンジンブレーキが利きにくく、ヴェイパーロックが発生し易い。しかしながら、スイッチによりオーバードライブへの変速を阻止したり、セレクタを「ドライブ」(D)から、より低い「セカンド」(2)や「ロー」(L)などのポジションへ合わせたりすることで、エンジンブレーキを発生させることは可能である。
気泡が発生するとブレーキが利かなくなるのは、蒸気圧が温度の関数であって体積の関数ではないことである 。即ち、ブレーキペダルを踏んでも、ブレーキの油圧系統内部の気泡を潰すだけで、ブレーキ液の圧力はほとんど変化しない。要するに、ブレーキ液の蒸気は圧力をかけると体積が縮むだけで、さほど圧力が上がらないということである。泡がなければ液体の体積は圧力によって縮まないから、ブレーキが利くわけである。
長い下り坂でヴェイパーロックが起こったときの、現実的な対応方法は、
- エンジンのオーバーレブ(過回転)に注意し、変速機のギアを段階的に下げ(シフトダウンし)、エンジンブレーキにより徐々に速度を抑える。
- ハンドブレーキを併用する。
- この間、フットブレーキへの依存を止め、しばらく冷却し、回復を待つ。
などがあり、最終手段としては、道路沿いに設置されている待避所へ突入させるなどの物理的な方法により自動車を停止させる。 普通自動車ではガードレールなどにすり寄せて緊急に停止させることは可能だが、二輪車ではガードレールへの接触は危険なので、待避所などへの突入の方がよい。