世界時
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
世界時(せかいじ、Universal Time, UT)とは地球の自転に基づいて決められる世界共通の時刻系である。世界時はグリニッジ標準時 (GMT)、すなわちイギリスのグリニッジを通る経度0度の子午線上での平均太陽時を現代的な定義を用いて継承したものである。GMT という略語は誤って協定世界時 (UTC) の同義語として使われることがある。かつて使われた GMT は現在は実質的に UTC と UT1 に分離されている。
目次 |
[編集] 世界時と標準時
標準時が導入される以前は、各々の自治体ごとに(もしその町の時計があれば)その町での太陽の位置に合わせて時計を合わせていた。鉄道が敷設されるまではこれで十分に間に合っていたが、鉄道によって人々がそれまでよりも格段に早く移動できるようになると、定期的に時計を合わせ直す必要が出てきた。この問題を解決するために、ある地域内で全ての時計に同じ時刻を用いるという標準時の仕組みが生まれた。
標準時によって世界はいくつかの時刻帯 (time zone) に分割される。それぞれの時刻帯は(少なくとも理論的には)15度の経度範囲をカバーする。これら各々の時刻帯に属する時計は互い全て同じ時刻に合わせられ、隣り合う時刻帯の間は1時間ずつ時刻がずれている。1884年の国際子午線会議において、イギリスのグリニッジにある王立グリニッジ天文台での地方時が基準に選ばれ、これによって各地域の時計を合わせるのにグリニッジ標準時が広く使われるようになった。グリニッジが選ばれた理由は、1884年当時に世界で使われていた海図と地図の約 2/3 が既にグリニッジ子午線を本初子午線として採用していたためである。この会議ではサンドフォード・フレミング卿が時刻帯の仕組みを提案したが、本初子午線を決定するという会議の目的から外れるという理由で採用は見送られた。しかし結局1929年までには、主要な国のほとんどで時刻帯が採用されることとなった。
アメリカとカナダでは、1883年11月18日に両国の鉄道会社によって標準時刻帯が導入された。当時の新聞はこの日を「二つの正午を持つ日」と書いた。この時、政府は時刻についての立法措置や決定を特に行なわなかった。鉄道会社は5つの時刻帯を単純に採用し、市民もこれに従うものと考えた。鉄道経営者の組織であるアメリカ鉄道協会 (American Railway Association) は、時刻を標準化することに対して一般の科学的関心が高まりつつあることに気づいていた。そこで ARA は、当時存在していたそれぞれの鉄道路線の境界に合わせて不規則な境界線を持つ独自の時刻帯を考案した。これは一部には、政府によって鉄道経営に不便な時刻帯が採用されてしまうのを前もって避けるためであったと考えられる。多くの人々はこの新しい時刻を単純に受け入れたが、この「鉄道時間」には法的裏付けが全くないとして拒否する市や郡も少なくなかった。法律に規定がないと、例えば契約書の満了期限として深夜 (midnight) と書かれていた場合、この深夜はいつを意味するのか、といったことが問題になる。アイオワ州の最高裁判所で審理されたある裁判では、閉店時間の違反に問われたある酒場の経営者が、自分は「鉄道時間」ではなく地方(太陽)時に基づいて営業している、と主張して無罪となった例があった。その後も標準時は地域の問題となっていたが、1918年にサマータイムの導入の一部として標準時が法律で制定された。
1868年11月2日にはニュージーランドが全国で使われる標準時を公式に採用した。おそらくこれが国内で単一の標準時を採用した最初の国であったと考えられる。ニュージーランドの標準時はグリニッジから東経172度30分の経度に基づき、グリニッジ標準時より11時間30分進んだ時刻となっている。この標準時はニュージーランド標準時 (New Zealand Mean Time) として知られた。
[編集] 測定
毎日子午線を通過する天体を観測することによって、地球の自転に基づいた時刻を測定することができる。天文学者は測定方法として太陽を観測するよりも恒星の子午線通過を観測する方をよく用いる。恒星を使う方がより精度の良い観測を行えるためである。今日では、VLBI を用いて遠方のクエーサーを観測することで、国際原子時 (TAI) と関連した UT を決定している。この方法ではマイクロ秒の精度で時刻を決めることが可能である。ほとんどの時刻源や天球座標系の基準として使われる世界時として UT と言った場合、通常は UT1 が使われるが、時として UTC を意味する場合もある。
地球の自転と UT は国際地球回転観測事業 (IERS) によって監視されている。時刻標準の制定には国際天文学連合 (IAU) も関わっているが、時刻標準を配信する最終的な責任者は国際電気通信連合 (ITU) である。
地球の自転はいくらか不規則であり、また1日の長さも月の永年加速によって非常にゆっくりと延びている。さらに、1秒の長さは1750年から1890年までの月の観測から決められた慣習的な値に基づいているため、これも平均太陽日の平均値が86,400SI秒よりも長くなりつつある原因となっている。UT の刻みにはわずかな不規則性があるため、天文学者は暦表時を導入した。これは現在は地球時 (TT) に置き換えられている。しかし、世界時は昼夜に同期しており、原子時計を用いたより高精度の時刻基準が世界時に対してずれていくため、閏秒と呼ばれる原子時に対する補正値を求めて、原子時計の時間間隔精度を持つ市民時刻を配信するために UT は今でも使われている。よって、時刻と時間間隔の標準時報は、通常は閏秒の合計分だけずれた値で国際原子時 (TAI) に同期しており、平均太陽時からあまり大きくずれないように時々閏秒を挿入して値が飛ぶという妥協策をとっている。地球時は TAI + 32.184秒である。
原子時の一形態である太陽系力学時 (TDB) は、主に二つの理由から惑星やその他の太陽系天体の天体暦を作る際に使われる時刻である。第一の理由は、これらの暦は惑星運動の光学・レーダー観測と結び付いており、一般相対性理論の補正の下でニュートンの運動方程式が成り立つように TDB 時刻系が作られているためである。第二は、地球の自転に基づく時刻系は一様に進まないので太陽系天体の運動の予測には使いにくいためである。
1928年に、グリニッジ標準時 (Greenwich Mean Time) よりも正確な用語として世界時 (Universal Time) という語が国際的に採用された。これは、GMT という語が正午を起点とする天文学的な「日」と深夜を起点とする市民向けの「日」のどちらを指す場合もあるためである。しかしグリニッジ標準時という語は今日でも一般の時刻基準を指す言葉として依然として広く使われている。
[編集] 種類
世界時にはいくつかの種類が存在する。
- UT0 は天文台で恒星や銀河系外電波源の日周運動の観測、あるいは月や人工衛星の継続観測によって決められる世界時である。UT0 は地球の地理学的極が自転の極からずれた分の補正を含まない。このずれは極運動と呼ばれ、地球上の任意の場所の地理学的位置が数メートルずれる原因となる。そのため、異なる天文台で同じ瞬時に求めた UT0 は異なる値になる。よって UT0 は厳密な意味では "Universal" ではない。
- UT1 は UT0 から観測地の経度に表れる極運動の効果を補正して計算される値である。UT1 は地球上のどこでも同じ時刻であり、静止座標系に対する地球の真の回転角を定義する。地球の自転速度は一様ではないため、UT1 は1日あたり±3ミリ秒程度の不確定性を持つ。
- UT1R は UT1 から35日以内の短周期の変動を取り除いたもので、UT1 よりも進度が滑らかな時刻である。
- UT2 は現在ではほとんど使われず、ほぼ歴史的興味の対象である。UT2 は UT1 を均した時刻である。UT1 には周期変動以外の不規則性も含まれている。その不規則性には季節変動の効果があり、以下の慣習的な補正式によって大部分を取り除くことができる。
-
- ここで t はベッセル年で表した時間である。
- UTC(協定世界時)は市民向けの常用時刻が基準としている国際標準である。UTC は原子時計で測定され、必要に応じて閏秒と呼ばれる1秒を導入することによって UT1 との差が0.9秒以内に保たれている。現在までのところ、閏秒の値は常に正であった。1秒以下の精度が必要でなければ、UTC を UT1 の近似として使うことができる。
[編集] 参考文献
- Peter Galison. Einstein's clocks, Poincaré's maps: Empires of time. New York: W.W. Norton & Company, 2003. ISBN 0393020010. Discusses the history of time standardization.
- O'Malley, Michael. Keeping watch: A history of American time. Washington: Smithsonian, 1996. ISBN 1560986727
- Seidelman, P. Kenneth, ed. Explanatory supplement to the Astronomical Almanac. Mill Valley, California: University Science Books, 1992. ISBN 0935702687.