前田武彦
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前田武彦(まえだ たけひこ、1929年4月3日 - )は、放送作家、タレント。三桂所属。血液型はA型。
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[編集] 略歴
鎌倉アカデミア卒。テレビ放送開始当初から放送作家(放送構成作家)として活動していたが、1960年代に入ってからは、洋楽チャート番組「東芝ヒットパレード」(TBSラジオ)などラジオ番組のパーソナリティーとして、タレント活動に主軸を置くようになり、1968年から放送された『夜のヒットスタジオ』(フジテレビ)の司会者で、「マエタケ」と言えば知らない人がいないほどの人気司会者となる。その毒舌で度々若手女性歌手を泣かせ、事務所からクレームが来ることも頻繁にあったそうである。
1969~71年に放送された『巨泉・前武のゲバゲバ90分!!』(日本テレビ)の司会進行、1971~73年には、洋画に造詣が深かったことを功を奏して、『ゴールデン洋画劇場』(フジテレビ)の初代映画解説者を担当している。
インテリジェンスな毒舌と、台本を無視しても生放送の時間内には時間を読み取って巧く収めてしまうという絶妙な話術は「フリートークの天才」とも称され、かつては大橋巨泉以上の人気を誇った。
ところが1973年夏、「夜ヒット」生放送のエンディング時に共産党万歳を叫んだ事件がスキャンダルとなり(詳細は「夜のヒットスタジオ」の項を参照)、同年秋に番組司会を降板のやむなきに至る。その他の司会番組も相次いで交代・打切りの憂き目に遭い、数年間、仕事の数が激減するという苦い経験を味わった。一部では、大物司会者となりつつあった彼の人気や「夜ヒット」の好調ぶりに対して、心良く思わない放送関係者の策略にマエタケは陥れられたとする、「陰謀」説も囁かれた。
その後、1980年代前半には、『朝のホットライン』(TBSテレビ)のお天気キャスターを担当。「お天気マン」として親しまれ、徐々にテレビ出演の機会が増えるようになった。また、俳優としての側面にも開眼し、松竹『釣りバカ日誌』シリーズやTBS『想い出づくり。』にも出演するなど、マルチなタレント活動を続けている。
1999年、70歳(古希)を迎えた際、当時若者の間で人気スポットとなっていた「ヴェルファーレ六本木」で一風変わった古稀祝いパーティーを挙行し、大橋巨泉、芳村真理、堺正章、愛川欽也・うつみ宮土理夫妻など、彼と1970年代を中心にともに仕事をしてきた放送界の大御所が発起人として名を連ね、健在ぶりを示した。
[編集] 主な出演番組
- 昨日のつづき(パーソナリティー:時期不詳、ラジオ関東(現:ラジオ日本))
- 東芝ヒットパレード(メインパーソナリティー:1963年-1973年9月、TBSラジオ)
- 象印歌のタイトルマッチ(審査員:1965年頃、日本教育テレビ(現:テレビ朝日)
- おはよう前田武彦です(司会:1965年頃、フジテレビ)
- お昼のゴールデンショー(総合司会:1968年4月-1970年9月、フジテレビ)
- 夜のヒットスタジオ(初代司会者:1968年11月-1973年9月、フジテレビ)
- ゴールデン洋画劇場(初代解説者:1971年4月-1973年6月、フジテレビ)
- テレビナイトショー(司会:1969年4月-?、フジテレビ)
- 天下のライバル(司会:1969年4月-9月、TBS)
- 巨泉・前武のゲバゲバ90分!!(総合司会:1969年10月-1971年3月、日本テレビ)
- 笑点(2代目司会者:1969年11月-1970年12月、日本テレビ)
- 夢の世界旅行・クイズジャンボ(司会 1970年、TBS)
- おやじバンザイ(2代目司会者:1970年10月-1973年3月、朝日放送=TBS系<当時>)
- マチャアキ・前武始まるョ!(1971年4月-9月、日本テレビ)
- 前武のヤングアップ(司会:1972年10月-1977年9月、日本教育テレビ(現:テレビ朝日)
- 日本歌謡大賞(1970年・第1回-1972年・第3回総合司会)
- 朝のホットライン(天気予報担当:1981年-1985年、TBS)
- 想い出づくり。(金曜ドラマ、1981年、TBS)
- TVブックメーカー(ディーラー役:1991年4月-1992年3月、フジテレビ)
- そこが知りたい(司会:1987年10月~1993年、TBS)
[編集] 夜のヒットスタジオ内での「あだ名」
1968年より5年間司会を務めた「夜ヒット」では自称「あだ名の名人」として、相手役の芳村真理を始め、スタッフ・出演歌手に数多くのニックネームを付けることが慣例となっていた。この前田によるあだ名付けの慣例が、その後、夜ヒットの持ち味ともいえる「アットホームさ」を築く礎となった。
- 「ナマズのおばさん」(芳村真理)
- 「どんどんクジラ」(塚田茂)
- 「金太郎」(小川知子)
- 「ピノキオ」(布施明)
- 「海坊主」(都はるみ、このあだ名に対して都のファンから反感を買った、と後年前田本人が回顧している)
- 「びっくり人形」(ちあきなおみ)
- 「3日前のハンバーグ」(菅原洋一)
- 「チョコレート・モンキー」(南沙織)
ほか
[編集] 主な著書
- 『お天気おじさんマエタケの天気図を読む本』 ISBN 4534009453
- (関根勤と共著)『前武・関根のおしゃべりに会いたくて―しゃべリスト養成講座』 ISBN 4907710771
- 『マエタケのテレビ半生記』 ISBN 4900963224
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- ニドーインターナショナル
[編集] その他
- 東京こどもクラブ(おはなしの朗読など)
[編集] 豆知識
- 平井和正原作の人気アニメ『エイトマン』の主題歌の作詞もしている。
- 『笑点』のテーマソング(中村八大作曲)は前田が司会をしたときから放送。なおこの曲は元々前田が作詞した歌詞がある。
- 海軍通信兵だったので手旗信号を解読することができる。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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