商標
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
商標(しょうひょう)とは、商品や役務(サービス)の出所を需要者に伝達するための標識をいう。商標は、商品や商品の包装に付したり、役務の提供に際して使用される設備や道具に付したりすることによって使用される。需要者は、商標を目にすることによって、希望する商品や役務を選択することができる。
商標には、文字や記号、図形といった平面的なもののほか、商品や商品の包装、店舗に設置した立体的な看板など、立体的形状からなるもの(立体商標)がある。また、視覚によって認識される商標のほかに、特徴的な音響、匂い、味、手触りも商標としての機能を発揮することがあり、それぞれ音響商標、匂い商標、味覚商標、触覚商標とよばれることがある。
商標を使用しながら、一定の質を有する商品や役務の提供を継続すると、その商標には業務上の信用(ブランド)が化体し、財産的価値が備わるようになる。この財産的価値は、特許権や意匠権にならぶ産業財産権の一つと位置づけられ、条約や法律による保護対象となっている。
登録されていない商標には、™ (trademark)、SM (service mark)、登録商標には ® (registered trademark; 登録商標の意) を表記することがあり、いずれも日本の商標法に基づく表記ではない。日本では「登録商標」と表示するよう定められている(商標法施行規則第17条)。登録商標ではない商標に ® を付すと虚偽表示(商標法 第74条)とされるおそれもあるので、注意すべきである。
目次 |
[編集] 商標の種類
- 商品を表示する商標を特に「トレードマーク」(trademark, TM)とよび、役務(サービス)を表示する商標を特に「サービスマーク」(service mark, SM)とよぶことがある。また、狭義の「商標」をトレードマークとすることがある。
[編集] 日本における商標の保護
[編集] 商標法による保護
[編集] 商標の定義
日本では、商標法(以下「法」と略す)により権利が認められており、これによると商標の定義は次のようになる。
文字、図形、記号若しくは立体的形状若しくはこれらの結合又はこれらと色彩との結合であって、業として商品を生産し、証明し若しくは譲渡する者がその商品について使用するもの、又は業として役務を提供し若しくは証明する者がその役務について使用するもの
商標法 第2条抄
いいかえると、
- 文字 → 商品やサービスの名称(文字列)
- 図形 → 商品やサービスを絵で表したもの
- 記号 → 社標など
- 立体的形状 → 容器の形状など
であって、モノ(商品)やサービス(役務)を生産販売する事業者が、それを識別するために用いるもの、となる。
[編集] 商標権の効力
商標権は、設定の登録により発生する(商標法18条1項)(設定登録までの手続は後述)。商標権は1以上の商品または役務(以下、単に商品という)を指定して登録される。これを「指定商品」とよぶ。
商標権の効力は専用権と禁止権に分けられ、それぞれ以下の範囲の効力をもつ。
- 専用権
- 商標権者は、指定商品について登録商標を使用する権利を専有する(商標法25条)。
- 禁止権
- 指定商品について登録商標に類似する商標を使用すること、指定商品に類似する商品について登録商標または登録商標に類似する商標を使用する行為は商標権侵害とみなされる(商標法37条1号)。
- 商標権の効力が及ばない範囲
- 商標法26条には、その商品の普通名称など、商標権の効力が及ばない範囲が規定されている。これに該当する場合には、登録商標と同一または類似の商標を使用しても、商標権の行使を受けることはない。普通名称などは特定人に使用を独占させることが好ましくないと考えられるからである。たとえば、「アスカレーター」が登録商標であり、それに類似する「エスカレーター」が普通名称であるとする。「アスカレーター」に係る商標権の効力は、「エスカレーター」の使用行為には及ばない(商標法26条1項3号)。
- 存続期間
- 商標権の存続期間は商標権の設定登録日から10年間であるが(商標法19条1項)、回数を無制限とする更新登録ができるため、更新登録を繰り返すことにより権利が永続する(同条2項)。特許権、意匠権、著作権のような他の知的財産権と異なり、商標権が永続できるのは、商標権者が登録商標を継続して使用する限りにおいては、商標権の価値(商品のブランド価値)は時が経っても陳腐化することがないと考えられるからである。一方、10年ごとに更新登録を必要としたのは、使用されなくなった商標についてまで登録を継続する必要はないからである。
[編集] 商標登録の手続
商標の登録は、次のような流れになる。
- 特許庁長官に商標登録出願願書を提出(送付)する(5条)。
- 特許庁長官による方式審査(書面の不備の審査)が行われる。書面に不備がある場合には手続補完命令が出される(5条の2第2項)。
- 特許庁審査官による実体審査により、登録要件(後述)を満たしているかが審査される(14条)。
- 実体審査により、拒絶の理由が発見された場合には「拒絶理由通知書」が、特許庁から送達される(15条の2)。出願人は「手続補正書」を提出して出願の内容を訂正することによって拒絶理由を解消したり、指定期間内に「意見書」を提出して審査官の認定に反論することができる。例えば4条1項11号違反の拒絶の理由の場合には、先願登録商標に類似する指定商品又は指定役務を減縮補正をする手続補正書を提出する。
- 拒絶の理由が発見されない場合(もしくは、「拒絶の理由」が解消した場合)には登録査定が行われ(16条)、登録査定の謄本が出願人に送達される(17条によって準用される特許法52条2項)。
- 登録査定の謄本が送達された場合は、その送達の日から所定の法定期間(30日)内に10年分の登録料(もしくは半期分の「分割納付」)を納付することにより、商標の設定登録が行われ、商標権が発生する。
- 設定登録された商標は、商標公報に掲載される(18条3項)。
- 審査で、「意見書/手続補正書」等を提出しても、拒絶の理由が解消しない場合には、拒絶の理由が送達された日から40日を目途として、行政処分である拒絶査定が行われる(15条)。拒絶査定に不服がある場合には、拒絶査定の謄本が出願人に送達されてから30日以内に、特許庁長官に対し「拒絶査定不服審判」を請求することができる(44条)。
- 拒絶査定不服審判の請求に対して、特許庁審判官の合議体は審理を行い、審判成立(請求認容)または審判不成立(請求棄却)の審決を行い、審判請求人(出願人)に審決謄本を送達する(56条によって準用される特許法157条)。
- 前記の審決に不服のある場合は、その審決の謄本が送達された日から30日以内に東京高等裁判所(知的財産高等裁判所)に審決取消の訴を起こすことができる(63条2項によって準用される特許法178条3項)。
[編集] 商標登録の要件
商標登録の要件のうち、主なものを挙げる。
- 自他商品等識別能力を有すること(3条1項)
- 自他商品等識別能力を有さない商標は商標としての機能を発揮し得ないから、登録を受けることができない。自他商品等識別能力を有さない例として、その商品等の普通名称(3条1項1号。例えば指定商品「りんご」に対して商標「アップル」)、その商品等について慣用されている商標(3条1項2号。商標審査基準によれば、指定商品「清酒」に対して商標「正宗」など)、商品の産地、品質等を普通に用いられる方法で表示する商標(3条1項3号。例えば指定商品「りんご」に対して商標「青森」)などが挙げられている。ただし、形式的に自他商品等識別力を有さないと考えられる商標であっても、実際に使用した結果、識別力を具備するに至った場合には登録を受けることができる(3条2項)。
- 4条1項各号に該当しないこと
- 4条1項1号から19号に商標登録を受けることができない商標が列挙されている。このうち、実際に適用されることが多いと思われるものをいくつか挙げる。
- 公序良俗違反(4条1項7号)
- 他人の周知商標と同一または類似の商標(4条1項10号)
- 他人の先願登録商標と同一または類似の商標(4条1項11号)
- 他人の登録防護標章と同一の商標(4条1項12号)
- 他人の業務に係る商品等を混同を生ずるおそれのある商標(4条1項15号)
- 商品等の品質の誤認を生じるおそれのある商標(4条1項16号)
- 他人の業務に係る著名な商標と同一または類似の商標であって、不正の目的で使用するもの(4条1項19号)
- 4条1項1号から19号に商標登録を受けることができない商標が列挙されている。このうち、実際に適用されることが多いと思われるものをいくつか挙げる。
- 一商標一出願(6条1項)
- 一つの商標ごとに一つの出願としなければならない。ただし、一つの商標について複数の商品等を指定することはかまわない。
- 商品等の区分に従うこと(6条2項)
- 指定商品等は商標法施行規則の別表で定められた区分に従って記載しなければならない。例えば化学品は第1類、食肉は第29類などと定められており、食肉を指定商品とする場合には「第29類食肉」と記載する。誤った分類を記載した場合(例えば「第1類食肉」と記載した場合)や分類を記載しなかった場合には拒絶理由となる。
[編集] 商標登録の取消および無効
一旦登録された商標であっても、所定の理由がある場合には登録が取り消されたり無効とされることがある。登録商標を取り消しまたは無効にする主な手段は以下のとおりである。
- 登録異議の申立て
- 商標権の設定登録後も、商標掲載広報発行の日から2月以内であれば、何人も特許庁長官に対して設定登録に登録後の異議の申立てを行うことができる(43条の2)。異議申立てがあった場合、3人または5人の審判官による審理が行われ、43条の2第1号および2号に定められた取消理由があると判断された場合には、商標登録は取り消され、商標権は初めからなかったものとされる(取消の遡及効、43条の3第3項)。
- 無効審判
- 商標が3条や4条などの規定に違反して誤って登録された場合や、登録後に無効理由が生じた場合には、利害関係者は商標登録を無効にすることを請求できる(無効審判、46条)。一定の私益的な無効理由については、5年の除斥期間が設けられており、除斥期間経過後は無効審判の請求ができない(47条)。これは、登録後一定期間経過するとその商標に信用が化体するため、無効にする利益よりもすでに生じている信用を優先させたものである。なお、公益的な無効理由については、信用を優先させることは適当ではないため、除斥期間は設けられていない。
- 不使用取消審判
- 商標法は、商標に化体された信用を保護するために商標権者に専用権および禁止権を認めているのであり、実際に使用されない商標には信用が化体しないから、使用されていない商標に保護を与え続ける必要はない。そこで、継続して3年以上日本国内で指定商品等について登録商標が使用されていない場合には、何人も商標登録の取消を請求することができる(不使用取消審判、50条1項)。これに対して商標権者が、商標権者や使用権者が使用していたことを立証できない場合には、商標登録は審判請求の登録の日に遡って消滅する(50条2項、54条2項)。なお、不使用取消審判の請求がされることを知ってから、取消を免れるために駆け込み的に使用を始めても、取消を免れることはできない(50条3項)。
- 商標権者による不正使用取消審判
- 商標権者が禁止権の範囲内で、品質の誤認や出所の混同を招くような不正な方法で登録商標を使用した場合には、何人も登録商標の取消を請求することができる(商標権者による不正使用取消審判、51条)。取消となった場合には、商標権は取消審決が確定したときに消滅する(54条1項)。
- 使用権者による不正使用取消審判
- 専用使用権者または通常使用権者が専用権または禁止権の範囲内で、品質の誤認や出所の混同を招くような不正な方法で登録商標を使用した場合には、何人も登録商標の取消を請求することができる(使用権者による不正使用取消審判、53条)。取消となった場合には、商標権は取消審決が確定したときに消滅する(54条1項)。
[編集] 地域団体商標の導入(平成17年度改正)
- 詳細は地域団体商標を参照
「地域の名称」と「商品(役務)の名称」のみ等からなる商標について、その商標が使用された結果、一定の範囲で周知となった場合には、事業協同組合、農業協同組合等が地域団体商標として商標登録を受けることができる。
- 商標登録を受けることができる者は、事業協同組合、農業協同組合等の特別の法律により設立された組合(法人)であり、その法律において、構成員資格者の加入の自由が担保されている必要がある。
- 商標登録を受けることができる地域団体商標は、商標が使用されたことにより、全国的に広く知られているとまでいえなくとも、例えば、隣接都道府県に及ぶ程度に広く知られていなければならない。
- 地域団体商標が商標登録された後に、登録要件を満たさなくなった場合には商標登録の無効審判の対象となる。
- 商品の品質(役務の質)の誤認を生じさせるような不適切な方法で商標登録を使用した場合には、商標登録の取消審判の対象となる。
- 地域団体商標の商標登録出願前から、不正競争の目的なく地域団体商標と同一又は類似の商標を使用している第三者は、その商標を継続して使用することができる。
[編集] 商標登録制度の国際的比較
登録時の審査の有無、先使用主義(米国等)か先登録主義(日本・ヨーロッパ等)かなど、国によって若干違いがあるので注意が必要である。
国際出願をしない限り、商標権による保護は国内に限定される(マドリッド・プロトコル(標章の国際登録に関するマドリッド協定の議定書)による国際商標登録出願によって国際登録をすれば、指定国にもその権利を設定登録できる。)。
[編集] 参考文献
- 特許庁商標課編「商標審査基準〔改定第7版〕」発明協会、2000年
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 特許電子図書館(特許・実用新案と商標の検索が可能)
- 商標法 (総務省法令データ提供システム)
- Corporate Identity Portal