坂東國男
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坂東國男(ばんどう くにお)とは、連合赤軍の元幹部のひとり。
[編集] 概要
1947年滋賀県大津市生まれ。実家は旅館。滋賀県立膳所高等学校卒業。 1966年に京都大学に入学するが、のちに退学。1971年代に赤軍派の坂東隊として、植垣康博、山崎順らを率いて「M作戦」(金融機関強盗)を決行した。赤軍派が京浜安保共闘と統一し連合赤軍となると、連合赤軍中央委員に就任した。
しかし1972年2月28日にあさま山荘事件で逮捕された。(※ この時坂東の父親は逮捕される直前自宅旅館のトイレで首をつって自殺したがこれは息子が警官2名を射殺したためその事を詫びた為のものという説が有力。)その後死者12人にも及ぶ総括、リンチ事件が発覚。1975年に日本赤軍がクアラルンプールで起こしたアメリカ、スウェーデン両大使館立てこもり事件(日本赤軍側が言うところの同士奪還闘争)で超法規的措置により国外脱出したまま現在にいたる。(従って2007年現在生死不明)
[編集] 関連項目
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