Wikipedia:外来語表記法/ウクライナ語
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ウクライナ語表記法は、ウクライナ語のカタカナ転写についての参考資料である。
本項目では、ウクライナ語を日本語の仮名に転写する際に一般的に考えられる方法を紹介し、また、表記の揺れについて解説する。本記事によってウィキペディアにおけるウクライナ語起源単語の表記方法を規定するものではない。本項目では、独立十数年たって未だ固定的な表記傾向の定まっていないウクライナ語の転写が必要となった際に、表記を決めるための参考資料を提示するものとする。
なお、本項目を利用する際にはWikipedia:外来語表記法も参照のこと。
目次 |
[編集] 概要
1991年のウクライナの独立で、ウクライナ語は同国の唯一の公用語となった。そのため、公式な表記はすべてソ連時代のロシア語表記からウクライナ語表記に改められた。
日本語への転写において、この影響をもっとも強く受けたのは地名や人名に関する表記であった。ウクライナ語の日本での認知度がきわめて低かったこともあり、ウクライナ語としては疑問点の多いカタカナ転写が数多く誕生した。また、ウクライナ語名、ロシア語名、あるいはポーランド語名などが混在し、かえってわかりにくくなったということもあった。
ウクライナ語の日本での認知度は2006年現在でも依然として非常に低く、その転写方法も一定していない。また、地名や人名など固有名詞に関してもさまざまな転写が実在し、どの表記が主流であるかも分母となる用例の絶対数が少ないため断定しづらいというのが現状である。
本来、文字表記と発音の乖離したロシア語標準語と異なり、ウクライナ語は表記と発音が基本的に一致したカタカナ転写に向いた原語であるといえる。現在、ウクライナ語の日本語への転写傾向は大きく2種類に分けられると考えられる。なお、この他にロシア語やポーランド語、あるいはローマ字表記の日本語ローマ字読みなどが、ウクライナの事物の名称を書き表す際に使用されている。
- ウクライナ語のウクライナ語発音に沿った表記
- ウクライナ語をロシア語やポーランド語の発音に訛らせることにより日本語として見やすくした表記
実例として、以下にいくつかあげる。
- 例1) Львів - ウクライナ語では「リヴィーウ」または「リヴィーヴ」のように発音する。これをロシア語訛りの発音「リヴィフ」と表記することがある。また、従来よりロシア語名「リヴォフ」やポーランド語名「ルヴフ」も使用されている。
- 例2) Хмельницький - ウクライナ語では「フメリヌィーツィクィイ」のように発音する。これをポーランド語訛りの発音「フメリニチキイ」などと表記することがある。ロシア語名「フメリニーツキイ」も使用される。
- の欠点は、日本語としてたいへん見づらいということである。「フメリヌィーツィクィイ」の例を参照されたい。
- の欠点は、訛っていることである。
こうしたさまざまな転写方法を混同して使用した結果、現在ウクライナ語の日本語への転写はあまりにそのバリエーションが多くなってしまっている。
この他、姉妹言語であるロシア語同様の表記バリエーションも存在する。例としては、「V」に当たる発音をワ行やバ行で表記する、「ИЙ」を「イー」と表記する、軟音記号の存在を無視する、アクセント位置に長音記号を用いる・用いない、などである。これらは、いずれも大きな混乱を招くようなものではない。
[編集] 凡例
以下、凡例を長音を用いない形で示す。「1」は上記1の転写法で多く見られる表記、「2」は上記2の転写法で多く見られる表記とする。なお、以下は機械的に示すため、通常ウクライナ語では用いられないものも表示する。ウクライナ語の外来語等もしそのように綴られることがあればこのようにカタカナ転写するという例である。また、はじめに文字の名称を記す。
なお、以下に反映しないものとして、ウクライナ語の発音法則に照らして明らかであるものに関しては言及しない。即ち、子音の清音化・濁音化、語尾での発音の変化・不変化などである。また、軟化した際には日本語ではイ列の表記と同様になるためあえて表記はしない。なお、ポーランド語と異なり後ろの音に影響されて前の音の発音が変化するという法則はない。
[編集] 硬母音
硬母音の凡例を示す。
[編集] А
アー:明るい「ア」。
- ア
- ア
[編集] И
ウィー:「І」とはまったく異なる発音の母音。
- ウィ
ロシア語の「Ы」やポーランド語の「Y」の転写法に順ずる表記。
- イ
意図して簡略化したもの。あるいはロシア語の「イ」である「И」と混同したもの。
[編集] У
ウー:強く唇を突き出して発音するスラヴ語系の「ウ」。
- ウ
- ウ
[編集] Е
エー:明るい「エ」。
- エ
- エ
[編集] О
オー:明るい「オ」。
- オ
- オ
[編集] 軟母音
軟母音の凡例を示す。
[編集] Я
ヤー:「ィヤー」のように口を横に引いて軟音を表す。
- ヤ
- ヤ
[編集] І
イー:明るい「イ」。「ィイー」のように口を横に引いて軟音を表す。
- イ
- イ
[編集] Ї
イィー:暗い「イ」。「І」とはまったく異なる発音の母音。
- イィ
- イ
[編集] Ю
ユー:「ィユー」のように口を横に引いて軟音を表す。
- ユ
- ユ
[編集] Є
イェー:「ィイェー」のように口を横に引いて軟音を表す。
- イェ・エ
- エ
[編集] 子音
子音の凡例を示す。表記順序は母音の項目の表示順序に従う。但し、軟音に「ヨ」を表す「ЬО」を付け加える。
[編集] Б
バー:バ行の音。単独では「ブ」、「ブ・プ」。
- バ、ブィ、ブ、ベ、ボ、ビャ、ビ、ビィ、ビュ、ビェ・ベ、ビョ
- バ、ビ、ブ、ベ、ボ、ビャ、ビ、ビュ、ベ、ビョ
[編集] В
ヴェー:ヴァ行の音。また、日本語のウクライナ語転写では日本語のワ行を代用する。単独では「ヴ・ウ・ブ」、「ヴ・ウ・フ」。
- ヴァ・ワ・バ、ヴィ・ウィ・ビ・ヴイ・ウイ・、ヴ・ウ・ブ、ヴェ・ウェ・ベ、ヴォ・ウォ・ボ、ヴャ・ビャ、ヴィ・ウィ・ビ、ヴィィ・ヴィ・ビ、ヴュ・ビュ、ヴィェ・ビェ・ヴェ・ウェ・ベ、ヴョ・ビョ
- ヴァ・ワ・バ、ヴィ・ウィ・ビ、ヴ・ウ・ブ、ヴェ・ウェ・ベ、ヴォ・ウォ・ボ、ヴャ・ビャ、ヴィ・ウィ・ビ、ヴィ・ビ、ヴュ・ビュ、ヴェ・ウェ・ベ、ヴョ・ビョ
なお、ロシア語やポーランド語の発音と混同して単独の「В」を「フ」と転写することがある。これは、ロシア語訛りあるいはポーランド語訛りの表記といえる。
[編集] Г
ヘー:暗い「H」の音。「ハ・ヘ・ホ」「ヒ」「フ」3種類の発音の混在している日本語のハ行の発音とは異なる。単独では「フ」、「フ」。
- ハ、フイ・ヒ、フ・グ、ヘ、ホ、ヒャ、ヒ、ヒィ、ヒュ、ヒェ・ヘ、ヒョ
- ハ、ヒ、フ、ヘ、ホ、ヒャ、ヒ、ヒ、ヒュ、ヘ、ヒョ
この他に、ガ行で表すこともある。
[編集] Ґ
ゲー:ガ行の音。単独では「グ」。単独では「グ」、「グ・ク」。
- ガ、グィ、グ、ゲ、ゴ、ギャ、ギ、ギィ、ギュ、ギェ・ゲ、ギョ
- ガ、ギ、グ、ゲ、ゴ、ギャ、ギ、ギ、ギュ、ゲ、ゴ
[編集] Д
デー:ダ行の音。単独では「ド」。
- ダ、ドィ、ドゥ、デ、ド、ヂャ・ジャ、ヂ・ジ、ヂィ・ジィ、ヂュ・ジュ、ヂェ・ジェ・デ、ヂョ・ジョ
- ダ、ディ、ドゥ、デ、ド、ヂャ・ジャ、ヂ・ジ、ヂ・ジ、ヂュ・ジュ、デ、ヂョ・ジョ
[編集] Ж
ジェー:湿潤な「ZH」の音。日本語にない音。単独では「ジュ・ジ」。
- ジャ、ジ、ジュ、ジェ、ジョ、ジャ、ジ、ジィ、ジュ、ジェ、ジョ
- ジャ、ジ、ジュ、ジェ、ジョ、ジャ、ジ、ジ、ジュ、ジェ、ジョ
[編集] З
ゼー:語中に来た際のザ行の音。「ザブトン」(座蒲団)の「ザ」ではなく「カミザ」(上座)の「ザ」の発音に近い。単独では「ズ」、「ズ」。
- ザ、ズィ、ズ、ゼ、ゾ、ズャ・ジャ、ズィ・ジ、ズィィ・ジィ、ズュ・ジュ、ズィェ・ズェ・ジェ、ズョ・ジョ
- ザ、ジ、ズ、ゼ、ゾ、ジャ、ジ、ジ、ジュ、ジェ、ジョ
[編集] Й
ヨート:短い「イ」。これと硬母音を組み合わせると軟母音となる。そのため、軟母音との組み合わせはあり得ず、ここにも表記しない。単独では「イ・ィ」。直前の音が「І」、「Ї」、「И」で終わっている場合のみ、「ー」も用いられる。
- ヤ、イ、ユ、イェ・エ、ヨ
- ヤ、イ、ユ、エ、ヨ
[編集] К
カー:カ行の音。単独では「ク」、「ク」。
- カ、クィ、ク、ケ、コ、キャ、キ、キィ、キュ、キェ・ケ、キョ
- カ、キ、ク、ケ、コ、キャ、キ、キ、キュ、ケ、キョ
[編集] Л
エール:スラブ語系の硬子音「L」の発音。ポーランド語の軟子音「L」ではないので注意。ロシア語と同様の発音。単独では「ル」、「ル」。
- ラ、ルィ、ル、レ、ロ、リャ、リ、リィ、リュ、リェ、リョ
- ラ、リ、ル、レ、ロ、リャ、リ、リ、リュ、レ、リョ
[編集] М
エーム:マ行の音。単独では「ム・ヌ」、「ム・ン」。
- マ、ムィ、ム、メ、モ、ミャ、ミ、ミィ、ミュ、ミェ・メ、ミョ
- マ、ミ、ム、メ、モ、ミャ、ミ、ミ、ミュ、メ、ミョ
[編集] Н
エーヌ:ナ行の音。但し、「ン」よりも「ヌ」に近い発音をするスラヴ語系の強い「N」の発音。単独では「ン」、「ン」。
- ナ、ヌィ、ヌ、ネ、ノ、ニャ、ニ、ニィ、ニュ、ニェ・ネ、ニョ
- ナ、ニ、ヌ、ネ、ノ、ニャ、ニ、ニ、ニュ、ネ、ニョ
[編集] П
ペー:パ行の音。単独では「プ」、「プ」。
- パ、プィ、プ、ペ、ポ、ピャ、ピ、ピィ、ピュ、ピェ・ペ、ピョ
- パ、ピ、プ、ペ、ポ、ピャ、ピ、ピュ、ペ、ピョ
[編集] Р
エール:ラ行の音。特に硬音では強い巻き舌の音。単独では「ル」、「ル」。
- ラ、ルィ、ル、レ、ロ、リャ、リ、リィ、リュ、リェ、リョ
- ラ、リ、ル、レ、ロ、リャ、リ、リ、リュ、レ、リョ
[編集] С
エース:サ行の音。単独では「ス」、「ス」。
- サ、スィ、ス、セ、ソ、スャ・シャ、スィ・シ、スィィ・スィ・シィ、スュ・シュ、スィェ・スェ・シェ、スョ・ショ
- サ、シ、ス、セ、ソ、シャ、シ、シ、シュ、セ、ショ
[編集] Т
テー:タ行の音。単独では「ト」、「ト」。
- タ、トィ、トゥ、テ、ト、チャ、チ、チ、チュ、チェ・テ、チョ
- タ、ティ、トゥ、テ、ト、チャ、チ、チ、チュ、テ、チョ
[編集] Ф
エーフ:ファ行の音。単独では「フ」、「フ」。
- ファ、フイ・フィ、フ、フェ、フォ、フャ・フィ、フィィ、フュ、フィェ・フェ、フョ
- ファ、フィ、フ、フェ、フォ、フャ、フィ、フィ、フュ、フェ、フョ
[編集] Х
ハー:ヒャ行の子音。ドイツ語の「CH」の音。単独では「フ」、「フ」。
- ハ、フイ・フィ・ヒ、フ、ヘ、ホ、ヒャ、ヒ、ヒィ、ヒュ、ヒィェ・ヒェ・ヘ、ヒョ
- ハ、ヒ、フ、ヘ、ホ、ヒャ、ヒ、ヒ、ヒュ、ヘ、ヒョ
[編集] Ц
ツェー:ツァ行の音。単独では「ツ」、「ツ」。
- ツァ、ツィ・ツイ、ツ、ツェ、ツォ、ツャ、ツィ、ツィィ、ツィェ・ツェ、ツョ
- ツァ、ツィ、ツ、ツェ、ツォ、チャ・ツァ、チ・ツィ、チ・ツィ、チュ・ツ、チェ・ツェ、チョ・ツォ
ツァ行の発音は標準日本語では少ないのでチャ行で代用されている(イタリア語の日本語表記参照)と解釈することもできるが、硬音の方がツァ行で書かれていることからすると軟音だけチャ行になってしまうのは奇妙である。従って、これはウクライナ語の軟音「ЦЬ」とポーランド語の軟子音「Ć」を混同したために生じた誤りであると考えた方が妥当である。ウクライナ語の「ЦЬ」をチャ行で表すのは、単純な訛りであると捉えられると考えられる。ポーランド語の軟子音「Ć」がウクライナ語の「ТЬ」に相当するということは、「Ć」がロシア語の「ТЬ」も類推できることである。
[編集] Ч
チェー:日本語にない音。単独では「チュ・チ」、「チュ・チ」。語尾では「チ」と書かれることが多いが、語中では「チュ」とされることも少なくないようである。軟母音とは組み合わせられない。
- チャ、チ、チュ、チェ、チョ
- チャ、チ、チュ、チェ、チョ
[編集] Ш
シャー:日本語にない音。単独では「シュ・シ」、「シュ・シ」。語尾では「シ」と書かれることが多いが、語中では「シュ」とされることも少なくないようである。「І」以外の軟母音とは組み合わせられない。
- シャ、シ、シュ、シェ、ショ、シ
- シャ、シ、シュ、シェ、ショ、シ
[編集] Щ
シュチャー:日本語にない音。単独では「シュチュ」、「シチ」。「І」以外の軟母音とは組み合わせられない。この文字は、ロシア語では軟子音「シシャー」であるが、ウクライナ語では飽くまで硬子音「シュチャー」である。発音は、「Ш + Ч」に等しい。これをロシア語のカタカナ転写法に習って「シチ」と表記するとウクライナ語の原音からは乖離した軟音風発音になる。また、この表記はウクライナ語の「Щ」をポーランド語の「ŚĆ」と混同したものであると評価することもできる。ポーランド語の「ŚĆ」は軟子音であり「シチ」という音を表す。ポーランド語で同じ発音となるのは「SZCZ」である。
- シュチャ、シュチ、シュチュ、シュチェ、シュチョ、シュチ
- シチャ、シチ、シチュ、シチェ、シチョ、シチ
なお、唯一「ユーシェンコ」のみは「シュチュ」を「シ」で書き表している。これは、「シシ」のように発音する現代ロシア標準語の転写でも滅多に見られない、ましてウクライナ語の転写としては誤った表記である。一部では「ウクライナの現地発音に沿ってユーシェンコとした」といった情報が流されているが、これは誤りであるので注意が必要である。「Щ」を「シ」と表記するのは21世紀に入ってからごく一部の非ロシア専門家によって使用され始めたもので(ユーシェンコ、ミャシーシェフなど)、今のところ推奨されない。
[編集] Ь
ミヤクィーイ・ズナークまたはズナーク・ミヤキシュチェーンニャ:軟音記号。これを子音と母音の間に置くことでその音を軟化でき、また、母音なしの子音の後ろに置くことで子音を軟化させる。語中では、これのかわりに「'」が用いられることが多い。
[編集] 補足
この他、子音の組み合わせによって特別な発音が形成されるものもある。主なものとしては、「ДЖ」(日本語のジャ行に近い発音)、「ДЗ」(日本語のザ行に近い発音)、「ТС」(=「Ц」)などである。
[編集] 関連項目
- Wikipedia:外来語表記法/ロシア語
- Wikipedia:外来語表記法/ベラルーシ語