小倉県
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小倉県(こくらけん)は、明治時代の初期に現在の福岡県東部と大分県北部にかけて存在した県で、かつての豊前国に相当する。県庁所在地は企救郡の小倉(現在の北九州市小倉北区・小倉南区)。
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[編集] 変遷
明治4年(1871年)8月29日の廃藩置県によって、旧豊前国にあった豊津藩(旧小倉藩→香春藩)、千束藩(旧小倉新田藩)、中津藩の3藩はそのまま県に移行したが、1871年12月25日(旧暦11月14日)、3県が統一されて小倉県が成立した(豊前1国8郡2町774ヶ村)。
しかし、明治9年(1876年)4月18日に、小倉県は福岡県に編入され、続いて8月21日には旧豊前国のうち宇佐郡・下毛郡の2郡が分離されて大分県に編入されて、今日の福岡県と大分県の県境の原型が定められる事となった。
[編集] 県内にあった郡の一覧
括弧内は現在の地域名。
- 企救郡(北九州市小倉北区・小倉南区・門司区・八幡東区の一部)
- 田川郡(田川市・田川郡)
- 京都郡(行橋市・京都郡)
- 築城郡(築上町)
- 上毛郡(豊前市・上毛町・吉富町)
- 下毛郡(中津市)
- 宇佐郡(宇佐市)
[編集] 小倉県庁
小倉県庁であった建物の一部が北九州市小倉北区に残っている。リバーウォーク北九州の向かい側にあり、現在は個人病院として利用されている。当時を偲ばせる趣のある建物である。
[編集] 関連項目
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