山下重威
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山下 重威(やました しげたけ、男性)は、日本の政治家。衆議院議員。大阪市長。
1904年(明治37年)の衆議院議員選挙で大阪市選出の代議士に当選。
1905年(明治38年)7月20日に鶴原定吉大阪市長が辞任し、次の市長候補が難航する中、11月に市長候補となり、12月11日に第三代目大阪市長に就任する。つまり、衆議院議員と市長を兼務することになった。
市長就任時は、日露戦争後の経済不況下の上、1909年(明治42年)には北の大火、それに関連する市吏員の汚職発覚、市制刷新運動などが続き、1909年(明治42年)12月20日、引責辞任する。
これにより、四代目大阪市長の選考も難航することとなる。
[編集] 参考文献
- 『大阪市の歴史』(大阪市史編纂所 1999年4月 創元社 ISBN 4422201387)
[編集] 関連項目
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