平泉寺白山神社
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平泉寺白山神社(へいせんじはくさんじんじゃ)は、福井県勝山市に所在する神社である。主祭神はイザナミである。
[編集] 概要
養老元年(717年)泰澄によって開かれたという。中世以降、比叡山延暦寺の勢力下に入り平泉寺として知られるようになる。最盛期には48社36堂6,000坊と言われ越前国において朝倉氏と肩を並べる一大勢力であったが、天正2年(1574年)一向一揆の勢に焼き放たれ灰燼と帰した。その後豊臣秀吉などの崇敬を受けて再興するが、明治時代に入り神仏分離令により寺号を捨て現在の名前になった。境内の苔は西芳寺と共に有名である。
境内は「白山平泉寺旧境内」として国の史跡に指定されている。
[編集] 平泉史学
平泉寺白山神社の宮司の家に生まれ、東京帝国大学国史学科教授となった平泉澄は、「平泉史学」と呼ばれる激烈な皇国史観の提唱者として知られている。彼にとって、日本史とはすなわち天皇家の歴史なのであり、東京帝大教授時代、民衆史で卒論を書こうとした学生に「豚に歴史がありますか」と言い放ったエピソードなどが知られる。太平洋戦争開戦後は海軍勅任嘱託となり、海軍軍人の思想教育に取り組んだ。なお人間魚雷「回天」を考案した黒木博司少佐や、靖国神社への「A級戦犯」合祀を強行した松平永芳宮司は、平泉の直接の弟子である。