ノート:源氏物語
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[編集] 帖名・作者複数説・写本
(1)輝く日の宮・雲隠の扱い、(2)第一部二系統説、(3)宇治十条他作説、(4)並びの巻は内容的にあいわたることが多いので帖名列挙のあとにつづけてひとつのカテゴリーとしたほうがわかりやすいと思うのですが。2005年5月24日 (火) 01:31 130.54.12.244
[編集] 54帖と言う記載、説明件について
54と言いながら下の『各章の名前』の所に、に55記載されていたので困った。この扱いは難しいと思うので、いろいろな学説があることを述べ、『各章の名前 55記載』として、とりあえず逃げることで、矛盾は避けている。もっといい書き方があると思うので、詳しい方や、いい表記が浮かんだ人にお願いしたい。若菜の上下をまとめてしまうので、果たして良いのか。ページ作成者の意図は分かるはずもないので、議論してまとめたいと思うのだが。
通りすがり 08:14 2003年7月5日 (UTC)
- 各章の名前の部分は、最初与謝野晶子の訳に付いている題名からとってきたものだったので、56! ありました。そこから夕霧の 1, 2 をまとめて 55 で今の状態になっています。履歴を順に追っていくと、確認できます。
- 今のような説明の付いている状態なら、若菜の上下をまとめてもよいと思います。出でやる 08:29 2003年7月5日 (UTC)
- 失礼しました、履歴がそこまで詳しいとは存じませんでした。若菜上下を分ける説は、結構有力なものだと思われるので、それについて触れた上で、上下はまとめようと思います。
通りすがり 09:55 2003年7月5日 (UTC)
[編集] 世界最古の小説?
世界最古の小説、でよいのでしょうか? --忠太 2005年5月20日 (金) 17:31 (UTC)
「世界最古の近代小説」が正しい。「近代小説」とはnovelのことでromanと区別する。これは基本に属することでそんなことも知らない者は口出しする資格なし。維納山人 winoosanzin@kabsi.at
しかしそれならば『黄金の驢馬』や『宇津保物語』も充分にノベルの範疇に属するはずですが(逆に『源氏』の第一部はロマンの傾向がつよいと思われます)。近代小説=ノベルという図式もかならずしも固定的なものだとはいえないでしょう。モダニズム以降はノベルとロマンの境界線をあいまいにする傾向がつよいですし。
[編集] 秀逸な記事に推薦
「源氏物語」の記事を興味深く読ませていただきました。源氏についてはほとんど何も書けないのですが、質、量ともに秀逸な記事に値するのではないかと思っています。ですのでこの記事をWikipedia:秀逸な記事に推薦したいと思いますが、よろしいでしょうか。2~3日待って反対がなければ推薦します。--Tamago915 2005年5月23日 (月) 13:22 (UTC)
ここ数日訂正を加えているものですが、この程度は常識の段階で秀逸とするには足らないと思います。2005年5月24日 (火) 01:31 130.54.12.2441979
- あらすじを入れるなら長くなりすぎる(読みづらい)ので、分割してはどうでしょうか。 --忠太 2005年5月24日 (火) 13:59 (UTC)
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- 分割には賛成します。各帖の記事が赤リンクになっているので、新しく記事を作ってそこにあらすじを書き込めばよいのではないかと思いました。--Tamago915 2005年5月24日 (火) 14:11 (UTC)
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- 帖名は源氏物語以外にも発展があるので(夕霧→気象現象、遊女の名前、歌舞伎の登場人物など)、登場人物一覧のようにあらすじ一覧のページをまとめて作ったほうが現実的だと思います。いちいちリンクをひらいて一帖ずつ話を読むのもめんどうですし。130.54.12.2441979
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- 以前から葵や玉鬘といった各帖のあらすじ書きがあったので補完するため少しづつ各帖の項目を作って書いてきたのですが、各帖のあらすじという項目が出来た以上、書き進めない方がいいのでしょうか?リンク対策に関しては神武天皇の下記や秘密戦隊ゴレンジャーの右記の例がありますが。2005年5月26日 (木) 10:17 (UTC)
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- 全体のあらすじのリンクと、帖ごとのさらに詳しい説明のリンク(含派生的内容)がともにあっていいのではないかと思いますので(たとえば玉鬘から能に派生できるような)、両方おいておいていいのではないでしょうか?--130.54.12.245 2005年5月27日 (金) 00:11 (UTC)
[編集] 源氏物語の主題は?
源氏物語の概要に主題に触れることがない。小中学生でもそれでは書く資格なしと言うだろう。 維納山人 winoosanzin@kabsi.at
王朝物語の大半は主題意識がよわい風俗小説です。いわゆる近代的な意味での小説の主題が強くなってくるのは源氏亜流物語(特に『寝覚』『浜松』)からだと思いますが。--130.54.12.245 2005年5月27日 (金) 00:09 (UTC)
ならば「いわゆる近代的な意味での小説の主題」の意味を述べ、源氏物語にはそれに当るものがない、見出せない、と明記すべきだろう。維納山人
代表的な説で「もののあはれ」というのがありますが。詳しくないので何分にも。2005年5月27日 (金) 06:57 (UTC)
なぜこのようなフォーラムに源氏専門研究者の参加がないのか。こういうところが日本の、中国をはじめとして欧米とのハッキリした違いとなると、さびしいことだ。研究者の気概と小役人根性は相反するものだろう。長年研究を重ねていても分らないとハッキリ言うことでさえ意味があるのだ。維納山人
(1)小説一般(所謂近代小説まで含めて)について主題という要素は大して重要でないとぼくは考えているので、すくなくともそのことをこの項目について自分で書く意思はありません。(2)源氏物語という個別の作品についても、主題という考えかたはそぐわないし、特に説明する必要があるとは考えません(これもあくまで個人的な意見ですので、すすんでぼくがやらないという意味です。だれかその点に興味のあるかたがなさるのは自由であるし、好ましいことだとも思います)。(3)源氏物語の主題がわからない、不鮮明であることについて御不満のようですが、多くの研究者の場合、源氏物語の主題というトピックスについて興味そのものがないのだと思います。またそれで源語研究自体に特にさしさわりがあるとも思えません。「研究を重ねてもわからない」のではなくて、「わかろうという意思もなく、研究上の必要もなく、まともにとりあった人がほとんどいない」のが正確なところでしょう。(4)過去の源語研究においては人倫道徳の書であるとか、仏説の書であるとか、主題論めいたことが行われたことがありますが(中世期の説)、それはむしろ源語受容史のうえでの問題であろうと思います。それがあまりに奇矯な方向にかたむいていったために、そこをほじくっても何も出ないという考えかたが一般的になったのだと思われます。(5)主題が「作者がそれを核として作品を構成する基本的な問題意識、思想」と解すれば、もののあわれは主題ではなくて、源語の通奏低音とでもいうべきものでしょう。作者には「もののあわれを描くために源語をつくる」という意識はすくなくともなかったはずでして、その意味では源語の主題は「おもしろいお話をつくる」という程度のものでしかないように思われます。(6)ウィキペディアの性質上「~を書かないのに**と称するのはおかしい」「~の資格を持つ人が参加していない」というのはもともと無理な要求だと思います。できる範囲で、可能なところから項目を充実させているのが現状ですので、いきなり完全無欠なものを求めるのはちょっと違うのではないでしょうか。必要最低限のものでさえないところから出発して、徐々に、各自が持ち寄れるものを持ち寄って、できるところからつくっていくのがウィキペディアだと思うのですが。--130.54.12.241 2005年6月4日 (土) 04:54 (UTC)
[編集] 小見出し【主要テーマの諸説】について
先ほど「源氏物語」の項を確認したのですが、【主要テーマの諸説】という部分についてよく理解できず、
文章も曖昧に思えたため、わかりやすく編集できる方、おられるでしょうか?
一度、自分で編集しようかとも思ったのですが、「源氏物語」に関する知識がないため、正確にまとめることができず、断念しました。
○以下、当小見出しについての不明な点を挙げます。
まず、「主要テーマの諸説」という見出しと、本文の内容に一致がないように思えるということ。
これは、「主要テーマが何か」「諸説は何と何か」が分かりづらいということです。
私の理解では、
「主要テーマ」
ココカラ--------------------------------------------------------------------------
Ⅰ.「源氏物語」の書かれた背景には、
①藤原氏の全盛期
②作者も藤原家に属す
(作者は藤原の愛人、という噂)
という事実があった。
Ⅱ.にも関わらず、「源氏物語」には
①源氏が主人公
②しかも、源氏が恋愛に常に勝つ
③源氏の帝位継承
が描かれている。
その理由は?
ココマデ-------------------------------------------------------------------------
「それに対する諸説」
①藤本泉説
②井沢元彦説
③両者の関係は決して悪くはなかった説?
と、書かれているように思います。
その理解の上で本文の曖昧な点を挙げると、
①「主要テーマ」と、「藤本説」が一文で書かれている。
②「その上藤原道長の愛人と噂された」について。
③「問題視しているのは推理作家藤本泉以外はいない」という部分の「以外はいない」の意味。
④「両者の関係は決して悪くはなかった」の根拠。
ですが、それぞれ
①「主要テーマ」と「諸説」は文を分けたほうがいいのではないか。
その方が意味をとりやすく、短文になるので読みやすくなるのではないでしょうか。
②この部分はあえて書かなくても「なぜ源氏が…か?」というところには影響がないと思います。
『噂』は、『事実』ではありませんので。
③なぜ、「問題視するのは推理作家藤本泉の説である」ではないのか。
「以外にない」という部分から、
(藤本説の内容を多くの人が支持している、という認識は誤りである)とか、
(もっとそういう説があっていいものだが、藤本だけである)とか、
読み手が様々な意味にとる恐れがあります。
④「両者の関係は決して悪くはなかった」というのは、説なのか、どうか。
そういう事実が今は明らかになっているということなのか。
そういう説が今は主流になっているのか。
筆者の先入観なのか。
やはり、読み手がその意味を正確にとれないと思います。
たとえば、
「両者の関係は実は決して悪くはなかった、という説が今は主流になっている」
などわかりやすく。
と、したら良いのではないでしょうか。
何分、事実関係についての知識がないため、他人を頼ってしまい、申し訳ありません。
以上、長文失礼しました。
[編集] 源氏物語絵巻 図版
1937年刊行の原色図版を利用して、wikimedia commons に順次制作登録しています。 適宜ご利用ください。 既出: 蓬生、宿木、関屋、柏木、東屋、竹河、橋姫