白内障
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
白内障(はくないしょう、しろそこひ、英cataract)は、目の疾患の一つ。
水晶体が灰白色ににごり、物がかすんだりぼやけて見えたりするようになる。
目次 |
[編集] 原因
水晶体を構成する蛋白質(アクアポリン0)が変性し、黄白色または白色に濁ることにより発症するが、根本的な原因は解明されておらず、水晶体の細胞同士の接着力が弱まったり、水分の通りが悪くなったりして起こるのではないかといわれている。
発症は45歳以上の中年に多く、年齢を重ねるにつれて割合が増加する。また、80歳以上の高齢者はほとんどが何らかの形で白内障の症状を引き起こしているといわれるが、進行の速さには個人差があり、目が見えづらくなるといった症状に至るとは限らない。このため、水晶体の白濁そのものは、病気ではなく、皮膚のシミや皺などと同じく老化の一環であるという考え方もある。
老化以外では、下記のような原因で発症することがある。
- 先天性
- 代謝性:糖尿病、ガラクトース血症
- 胎内感染:風疹、トキソプラズマ、サイトメガロウイルス
- 外傷性
- 有害光線(紫外線や赤外線)によるもの
- 原爆やレントゲンなどによる放射線被曝
- 眼内炎(ぶどう膜炎、緑内障)や網膜剥離など目の病気の合併症
- 薬物性:ステロイド、クロルプロマジン、縮瞳薬
- アトピー性皮膚炎の合併症
- 全身性疾患:ダウン症候群、Alport症候群、Werner症候群、筋緊張型ジストロフィー
これらの症状と区別するため、加齢による発症は特に「加齢性白内障」と呼ばれる。 (昔は老人性白内障と言っていたが実際には50代の半数がこの症状を起こしているという調査報告もあり「老人性」という言葉は不適切という見解もある)
外傷によるものでは、
- 目に極端に強い衝撃を受けた場合
- 目に物が刺さった場合
- 雷に打たれて1日で白内障になった
などがある。
糖尿病からは、網膜に来る場合、角膜に来る場合のほか、白内障を起こす場合もあり、糖尿病と診断されたら眼科も併せて受診したほうがよい。糖尿病による白内障は普通より年齢10年分くらい進行が速いといわれている。
- 牛乳を飲むと白内障になるという俗説があるようだが、それは先天性代謝異常の「ガラクトース血症」の人の場合(乳児の時に飲むミルクでもガラクトースを除去したものが必要)で、普通の人の場合はほとんど有り得ないもよう。乳糖が分解されてガラクトースとグルコースが生成され、このガラクトースが目に行くと確かに水晶体を白濁させる可能性はある。しかし、グルコースより先にガラクトースが消費されるようになっているので、血中にはほとんど残留しない。ラットにヨーグルトを与えたら白内障になったという実験もあるようだが、この際ラットに与えた量は体重の3分の1くらいという超大量投与であったらしく、恣意的な実験ではないかと思われる。
[編集] 症状
発生の原因によって、症状の現われ方と進行の速度に違いがある。いずれの場合も、最終的には視界が白濁する。ある程度まで白濁が進むと水晶体の中で散乱する光によって視界が白く染まってしまう(そのため、夜はともかく、日中はものを見ることができなくなる)が、そこに至る過程では視界に霧がかかったようになる(「すりガラス越し」と表現されることもあるが、湯気の満ちた浴室やスチームサウナの中にいる時のように、「白く靄がかかってはいるが、その向こうの物体にはピントが合ってちゃんと見える」状態となる)。
なお、加齢による場合は黄白色に濁るが、年齢が若い場合は白色に濁る。
[編集] 加齢に伴う場合
加齢に伴う症状の場合、視野の周辺部から発生し、中心に向かって進行していくことが多い。この場合、初期の段階では症状が発生していること自体に気付きにくく、また症状の進行速度には個人差が大きいことから、進行が遅い人では死亡するまで症状が表面化しないことも珍しくない。
病変が発生するとその部分で光が散乱するようになるので、明るいところではなんとなくものが見えづらくなったり、光源を直視していないのに眩しく感じたりするようになる。さらに症状が進行すると眩しさが強くなるため、眼が疲れやすくなったり、眼底に痛みを感じるようになる(晴天のスキー場など、よく晴れている日に雪が積もって真っ白になった景色をサングラスなどをかけずに見続けた状態に似ている)。さらに進行すると黒目の部分が白っぽく濁って見えるようになり、視界が白濁して見えなくなる。
上記のような症状を感じ、また進行に不安があるなら、眼科に相談したほうがよい。ただし、根本的には進行を止めたり水晶体を元の状態に戻すことはできないため、眼科で受診したとしても、進行を遅らせる効果があるとされる医薬品(治療の項にある通り、最近では効果が疑問視されている)を処方してもらう程度である。生活に支障がある場合は手術を受けることになるが、そうでない場合は治療を行なう必要はない(今のところ手術以外に有効な治療法がないため)。
[編集] アトピー性白内障の場合
アトピー性白内障においては、視野の真ん中部分から白濁が始まる(水晶体のうち角膜からもっとも遠い部分から発症する)ことが多いとされている。この場合、周辺部から発症した場合に較べて進行が速く、視界が霞むように感じてから数週間で視界がうっすら白濁してきているように感じ、それから2週間程度で日中は視界が白く染まるようになってしまった、という例がある。
視界の中心から発症した場合、運良く生活に支障のない程度で進行が止らない限り、手術を受けるほかない。また、進行が速いため、点眼薬などによる進行を抑える効果は期待できない。
[編集] 治療
一旦発症すると元には戻らない。軽度の場合は薬により進行を抑えたり、眼鏡・コンタクトレンズで矯正する。薬物による進行の抑制については、厚生労働省研究班が「有効性に関する十分な科学的根拠がない」と2003年6月の日本白内障学会に発表するという報道がなされ、物議をかもした。
生活に不自由がある場合は、水晶体の白濁を除去して眼内に人工のレンズを挿入する外科手術を要する。昔は球後注射(長い針で眼球の裏側に麻酔液を注入する)や、瞬目麻酔(瞬きを抑えるために長い針を皮膚にさして行う麻酔の注射)を施行し、麻酔時に大きな痛みを伴い、また手術前には15分程度、眼球の上に砂袋等の重りを載せて眼圧を下げる前処置が必要とされることが多かった。強膜(白目)を大きく切開して切開創(傷口)を作成して水晶体(レンズ)をまるごと取り出しており、切開創の幅が12mm程度必要であった。このようなことから、多くの医療施設では手術に際し、入院を必要としていた。近年、医療技術の発達に伴い、白内障になったレンズを超音波で砕きながら除去することで、切開創の幅は眼内レンズの短軸長幅である6mmが主流となり、手術時間の短縮から、点眼麻酔(麻酔液を点眼して行う麻酔法)が可能となった。今日では眼内レンズは折りたたんで挿入する方法が開発され、切開創の幅も3mm以下で行うことが可能となり、ほぼ無痛で日帰りでの手術が一般的となるにいたった。
現在では水晶体の内部に眼内レンズを挿入する手術(超音波水晶体乳化吸引術 (PEA) +人工水晶体挿入術(PCIOL))が主流である。この場合、変質により白濁した水晶体の核を超音波で砕いて吸い出し、皮質の処理を行った上で、温存しておいた水晶体嚢(水晶体を包んでいる袋)に眼内レンズを挿入する。水晶体嚢を温存できなかったり水晶体嚢を支えているチン小帯(筋肉の繊維)が弱く、水晶体嚢を利用できない場合は、眼内レンズを縫い付ける場合もある。切開法としては角膜を切る角膜切開法や、強膜から角膜までトンネル状に切り進む強角膜切開法が主流であり、術後も縫合は行わない、いわゆる無縫合手術で行われることが多い。また手術の実時間も10~40分で終わり(症状が進行してからの手術の場合、水晶体が固くなり過ぎて超音波で砕くのに時間がかかり、手術時間が延びる場合がある)、いわゆる「日帰り手術」が一般的となり、患者への負担が飛躍的に改善した。もちろん、100%安全な手術というものは存在せず、傷口からの細菌感染や眼圧の上昇による緑内障発症、駆逐性出血などの術後合併症が起こることもあり、入院が必要となったり、不幸にして失明に至るケースも存在するが、白内障手術は眼科の中でも安全性の非常に高い手術の一つである。
手術を行わない場合は、最終的には失明に至り、発展途上国においては失明原因の第1位であることは広く知られている。
一般的な白内障手術の術中・術後の合併症として、次のようなものが報告されているという。
- 緑内障 (0.2〜2.5%)
- 後嚢破損 (1%)
- 駆逐性出血 (0.55%)
- 水晶体落下 (0.1%)
- 眼内炎 (0.06%)
- その他(網膜剥離、術後高眼圧、嚢胞性黄斑症、視力低下、眼内レンズ偏移、水泡性角膜症、麻酔薬によるアレルギーショックなど)
術中駆逐性出血や術後眼内炎が発生した場合は失明の可能性がある。また、アトピー患者の場合は後嚢や毛様体小帯が弱い傾向にあり、後嚢破損や水晶体落下の危険性がやや上がるという。
手術で挿入する眼内レンズは、水晶体のように距離に応じてピントを合わせる能力がない。そのため眼内レンズの度数は、手術を受ける者の生活スタイルに合わせて決定する必要がある。ただし、手術後の「度数」は眼軸長(角膜の中心から網膜の黄斑部までの距離)と角膜曲率半径(角膜のカーブの仕方)、レンズの材質や形状、水晶体嚢の収縮の仕方によって変わるので、必ずしも期待通りの結果になるとは限らない。角膜乱視(角膜のゆがみ)や一般的な眼内レンズが単焦点であることから、多くの場合は眼鏡等の補助は必要である。1990年代頃に「多焦点」の眼内レンズが使われた時期もあるが、遠くも近くも「まあまあみえる」ということで、最近ではほとんど使われていない。 日常生活が眼鏡なして過ごせるようにという意味から、多くの場合は2m前後にピントが合うように計算して眼内レンズの度数を決定する。読書用と運転等用の眼鏡を補助的に使用することになるが、水晶体嚢を支える根元の毛様体という部分が動くことで、多少レンズの位置が前後することと、乱視により焦点距離に幅が生じることなどから、特に裸眼視力が非常にいい場合や日常生活状態によっては眼鏡の補助を必要としない場合もある。片目だけ手術を行う場合、手術をしない方の目に強い近視や遠視がある場合は、左右のバランスをとるために手術を行わない目に近い度数で眼内レンズを決定する。そういった場合や、角膜乱視が強い場合など、裸眼視力が弱い場合は眼鏡等の常用が必要とされる。遠くも近くも眼鏡なしで見えるようにと、片眼は遠くに(優位眼を選択することが多い)、片眼は近くにピントが合うように眼内レンズを決定する場合もある。
[編集] 先天性白内障
[編集] 主な原因
ほかにも染色体異常や他の先天性の病気などと伴って発症する場合もある。
[編集] 治療・矯正
成人の白内障とは違い、乳幼児が発症する先天性白内障や若年性白内障は、視力の発達が悪くなるため、発見され次第直ちに手術する必要がある。手術は全身麻酔でおこなわれ、将来的に目が成長することを考慮して、焦点を固定する眼内レンズを埋め込む手術を行わないことが多く、この場合、将来の眼内レンズ埋め込みを想定した手術が行われる。手術後は眼鏡、コンタクトレンズで矯正する。なお、乳幼児の白内障手術が行える医療機関はかなり少ないが、近年は0歳児のうちから手術をおこなう例が多くなってきている。
[編集] その他
「白内症」は、よく見られる書き間違い。