白石バイパス
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
白石バイパス(しろいしバイパス)は、国道4号のうち宮城県白石市の大平地区から福岡地区までにあたる区間をいう。
目次 |
[編集] 概要
[編集] 途中交差する道路
- 宮城県道24号白石丸森線(白石市八幡町・アムザショッピングタウン白石前)
- 国道113号(白石市西益岡町・新白石大橋南立体交差点)
- 宮城県道254号南蔵王白石線(白石市福岡蔵本・白石跨道橋北交差点)
- 国道457号(白石市福岡長袋)
- 宮城県道・山形県道12号白石上山線(白石市福岡長袋・福岡交差点)
- 東北自動車道白石インターチェンジ(白石市福岡深谷)
- 起点と終点以外は立体交差が基本である。
[編集] 歴史
- 1970年(昭和45年):白石バイパス事業着手
- 白石市街を迂回することによる交通渋滞の緩和に加え、東北自動車道白石インターチェンジへの接続が目的。白石市大平中目の分岐から白石市福岡蔵本の国道113号との立体交差までの第一工区 (3.0km)、立体交差から白石市福岡長袋の旧道合流までの第二工区 (2.9km)、合流地点から白石市福岡深谷の蔵王町境までの現道拡幅である第三工区 (2.1km) に分けて進められた。
- 1973年(昭和48年)11月:白石インターチェンジ関連部分4車線供用
- 1977年(昭和52年)9月:第一工区が2車線供用
- 1979年(昭和54年)9月:第二工区が2車線供用
- これをもって白石バイパスの新道部分 (5.9km) が全通した。漸次4車線化の工事が進行中である。
- 1983年(昭和58年)3月:第三工区が4車線供用
[編集] 特徴
白石市大平中目で旧道と分岐、大平森合のショッピングセンターまでは片側1車線。ロードサイドショップが並ぶ区間は片側2車線。東側には1995年(平成7年)5月に復元された白石城が見える。白石高架橋(147.6m、国道113号との立体交差)と新白石大橋(280.9m、白石川)の前後で再び片側1車線となるが現在拡幅工事が大詰めを迎えている。新白石大橋の北側は宮城県道254号南蔵王白石線に上がるループ状の立体交差がある。ここから1.8kmは白石バイパスと東北自動車道が併走しているためである。この立体交差の西側には2002年(平成14年)3月に公立刈田綜合病院が移転している。
以後終点まで片側2車線区間。国道457号の終点、旧道との合流、東北自動車道白石ICを経て蔵王町に至る。なお旧道は亘理町交差点(国道113号交点)以南は白石市に移管、以北は県道白石青根川崎線(現・県道白石上山線)の一部となっている。
- バイパス道路とは第一義的には迂回路を意味するが、宮城県内においては旧道と比べて線形改良と拡幅がなされ、より高規格な道路として開通した区間に対してもバイパスと呼ぶことがある。建設省(当時)の事業名としての白石バイパスは、単に国道4号の迂回路だけではなく、その北部に位置する東北自動車道白石インターチェンジへの接続道路としての現道拡幅部分を含んでいる。
[編集] 宮地区の局部改良
白石バイパスに続く蔵王町宮地区にもバイパス区間がある。
1934年(昭和9年)の大凶作で困窮する住民救済のための土木事業として、白石市字南寺前から蔵王町宮までの区間は他の地区に先駆けて1941年(昭和16年)までに一次改築が済んでいたが、奥州街道に由来する宮の中心部に入り込んで直角に曲がる経路のため、バイパス道路が作られることとなった。
1974年(昭和49年)9月着工、1976年(昭和51年)3月2車線供用開始という急ピッチで工事は行われた。しかし4車線拡幅は遅れ、白石市との境から向山までの2.5kmを蔵王拡幅事業として着手したのは1999年(平成11年)。蔵王大橋 (285.4m) 上り線の完成に伴い2005年(平成17年)3月にようやく全区間4車線供用となった。
[編集] 関連項目
カテゴリ: 道路関連のスタブ項目 | 東北地方の道路 | 一般国道 | 宮城県