益戸克己
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益戸克己(ますど かつみ 1899年2月10日-1975年4月2日)は、愚連隊の首領。日東拳闘倶楽部(現:日東ボクシングジム)会長。東京府下北千住出身。「不良の神様」と呼ばれた。
[編集] 来歴
明治32年(1899年)2月10日、東京府下北千住で生まれた。父親は軍医だった。
昭和3年(1928年)、東京下谷坂本町に、ボクシングジム「日東拳闘倶楽部」を設立した。赤星猛やライト級・田中禎之助、バンダム級元チャンピオン・鈴木啓三らが参加した。浦上信之(後の私設銀座警察署長)や吉井金太郎がジムに通った。
高橋勝次、高橋博(後の愚連隊・インディアン初代)、渋谷健、鈴木茂一郎、赤星猛、浦上信之、吉井金太郎、境信、中村市世(通称:硫酸ポチ)、北沢市太郎(後に二代目山口組組長・山口登の親衛隊になったと云われる)、伊藤秋雄(後に二代目山口組組長・山口登の親衛隊になったと云われる)、国井一郎(阿部定の最初の情夫と云われる)、永藤秀雄(永藤パンの御曹司)らを舎弟とし、一派を形成した。
昭和5年(1930年)、益戸克己は、日本大学の学生・佐藤栄助(後の松葉会二代目、四代目)を自宅に下宿させた。
昭和7年(1932年)、益戸克己は、東京九段下に、クリーニング店「パリー商会」を開業した。
昭和17年(1942年)、益戸克己は、関根組幹部・藤田卯一郎、幸平一家・本橋政夫、生井一家・篠原鶴平とともに、住吉一家三代目阿部重作の舎弟となった。
昭和20年(1945年)の終戦直後、益戸克己は、佐藤栄助を兄弟分・藤田卯一郎に紹介した。佐藤栄助は、藤田卯一郎の舎弟となった。
昭和45年(1970年)、NHKの番組「あなたの椅子」に出演した。番組で、サトウ・ハチローと30年ぶりに再会した。
昭和50年(1975年)4月2日、死去。最後まで渡世入りはせず、生涯、堅気を通した。享年77。
[編集] 参考文献
- 「愚連隊伝説」洋泉社、1999年、ISBN 4-89691-408-2