秀才
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
秀才(しゅうさい)とは、
本項では主に2に対して記述する。
[編集] 概要
秀才は、「人より秀でた(ひいでた=優れた)才能がある」人のことである。それは特に訓練によるものや、周囲からの良い影響によるもの、当人の持っている素質などにより、優れているものとされる。反対語としては凡人が挙げられる。
今日では一般に、秀才は当人が望んで学習に励んで学識を積み、その体系付けられた知識で問題を解決できる能力があるとされる。このため社会的地位は相応に高い所が与えられ、一種の尊称として秀才と呼ばれる。
[編集] 天才との違い
関連する言葉に天才があるが、天才が周囲の人間や、時には本人にさえ説明の付かない経緯で回答を導き出す一種異能者への畏怖心を含むのに対して、秀才と呼ばれる場合は理知的に裏打ちされた高い総合能力の持ち主を指す。したがって「知的障害をもつが高い芸術性を示す人物」を天才と呼ぶ事はあっても、秀才と呼ぶ事はない。
一般の社会には自惚れが過ぎた自称天才も少なからず見られるが、自称秀才はまず見られない。天才が他人は元より自身でも己の能力の限界を客観的に捉え難いために天才とされるのに対し、秀才は自らの限界をも理解している部分があることにも関連付けられよう。
秀才は自分の知らないことを把握し、これを学習する事で理解する。このため秀才は常に自身の「知らないこと」を把握していることになるため、自惚れの入る余地が無いと考えられる。