荒谷望誉
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プロフィール | |
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リングネーム | 荒谷望誉 荒谷信考 |
本名 | 荒谷信考 |
ニックネーム | 湘南酔虎伝 ダメおやじ |
身長 | 185cm |
体重 | 120kg |
誕生日 | 1968年3月7日 |
出身地 | 神奈川県茅ヶ崎市 |
所属 | 全日本プロレス |
スポーツ歴 | 大相撲 |
トレーナー | 天龍源一郎 |
デビュー | 1992年7月26日 |
荒谷 望誉(あらや のぶたか、1968年3月7日 - )は、全日本プロレス所属のプロレスラー。渕正信、菊タローと会場を暖める試合を展開している。哀愁を感じさせることができる貴重な存在。
目次 |
[編集] 経歴
大相撲九重部屋に入門し序二段まで昇進。その後プロレスラーに転向。1992年にオリエンタルプロレスに入門するが、団体の経営難に伴い、離脱した後レスリング・ユニオン傘下のIWA流山に移籍し、エースとして活動するが、こちらも経営難により離脱した後、IWAジャパンに入団。エースとして期待されるが、不本意な試合が続き、苦悩の日々が続くが、後楽園ホールでの興行において、バルコニーからダイビングし(バルコニーダイブを行ったのは松永光弘に続いて二人目だが、荒谷は頭から飛び下りている)、ブレイクの兆しを見せるものの、団体を離脱。その後フリーになり、1995年6月に天龍源一郎率いるWARに参加。次期エース候補として活躍する。
2000年、全日本にWAR軍として参戦し、同年10月に正式入団。
2002年4月、嵐とのタッグでアジアタッグを獲得。3度防衛し、嵐の世界タッグ王座奪取を機に返上。このときリングネームを本名から「望誉」(読みは同じ)に改名。
2003年7月28日から試合を長期欠場し肉体改造(ダイエット)。105kgまで体重を落として復帰した。
2004年末、平井伸和と世界最強タッグ決定リーグ戦に出場するも、全敗。翌年1月3日、渕の提案で同じくリーグ戦全敗の本間・諏訪間組と対戦し、敗北。渕から「圏外タッグ」の称号を与えられた。
「圏外」となり吹っ切れたのか、それ以降はコミカルな試合を展開し人気者に。菊タローの参戦もあって、前座での地位を不動のものにした。
2007年2月17日、両国国技館でスモー・リキシと組み、全日本復帰戦の曙(パートナーは大鷲透)を迎え撃つと思われたが、リキシサイドからクレームが付き、カードのみならず両国大会から外されるという憂き目を見た。試合は代役としてジョニー・ダン(まわしに「序二段」と記載)が登場するも、曙の64によって轟沈。髪は金髪ながら顔はまぎれもなく荒谷だった。
[編集] 獲得タイトル暦
- CAWFカンナムタッグ(パートナーは奥村茂雄)
- CAWF世界タッグ(パートナーは奥村茂雄)
- アジアタッグ王座
- 第71代…パートナーは嵐。
- WAR認定世界6人タッグ
- 第2代…パートナーは天龍源一郎、ウルティモ・ドラゴン。
- 第6代…パートナーは北原光騎、嵐。
- 第14代…パートナーは北原光騎、ランス・ストーム。
[編集] 得意技
- 荒谷の奥の手であり最大の必殺技。オリプロ時代W★INGに参戦していた際に、当時のW★INGの常連外国人選手であったクラッシュ・ザ・ターミネーター(現ビル・デモット)にコツを伝授された。なので、体格の割りにフォームは綺麗である。飛距離で渕を驚かせたことも。
- 体格を活かした一撃を見舞う。ダイエット直後はスピードもあり必殺技として機能したが、今は助走の短いショートレンジ式が多い。
- 一時期、小島聡に敵意を燃やしまくったことがある。
- 垂直落下式ブレーンバスター
- 一番多様するフィニッシュホールド。
- バイバレー
- ハーフネルソンの状態からリバース腰投げで相手を横または後方に投げ捨てる。相手のラリアットやエルボーをキャッチして投げることもある。
- 最近ではあまり使わなくなった。
- ただのカンチョー。腰に持病を抱える渕に対して使用したところ、とても痛がったことから頻繁に使うようになる。
[編集] 試合でのムーブ
- 味方にラリアットが誤爆。
- コーナーへの串刺しラリアットの失敗。
- 味方の菊タローに股間を蹴られて痛がる。
- 菊タローにコーナーに登るよう指示され、ほっとかれる。
- 味方の菊タローから殴る蹴るの暴行を受ける。
- 間違えてレフェリーにカンチョーまたは金的蹴り。
[編集] 人柄
- 酒好き。ニックネームの「湘南酔虎伝」は実生活から。
- 奥さんと娘がいる。
- 明るくひょうきんで天然ボケな性格の為、家族やレスラー仲間を困惑させることもしばしば。
- 小島聡を「小島さん」と呼び、小島も荒谷を「荒谷さん」と呼ぶ。これは小島の方がプロレスラーとしては先輩であるが、年齢は荒谷のほうが上だという微妙な関係のためである。
- 花屋のスポンサーを獲得した。
- 体重を詐称してジュニアヘビー級のバトルロイヤルに出場したことがある。
- ダイエット後のスリムな体型は長続きせず、リバウンドして120kgに戻ってしまった。
- いやいやながら全日本の携帯サイトでブログを書いている。
- 菊タローとのタッグは「バカ兄弟」と呼ばれている。
- 入場テーマは天才バカボン。
- 退場テーマは「元祖天才バカボンの春」。
- 娘の小学校に犬の散歩をしてる際、不審者扱いされ、その日小学校は不審者が出たという理由で集団下校させられている。
[編集] 哀愁
- 発端。
- 前座に起用されるようになり、そのダメっぷりで観客の失笑を誘うようになった荒谷。さる2006年晩秋の後楽園大会。菊タローから最強タッグへの出場を打診されるも、裏切られ股間を蹴られる。リング上でうずくまる荒谷の姿に観客は哀愁を感じた。会場には切ない曲が流れ、なんともいえない雰囲気が会場を包んだ。
- そして現在。