輸血拒否
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輸血拒否(ゆけつきょひ)とは、キリスト教系新興宗教団体・エホバの証人の信念。この信念を持つ信者の信仰の自由、親権、自己決定権と、社会的相当性、子供の人権、医師の治療行為などが衝突し、社会と摩擦を生じている。
1985年4月、神奈川県川崎市で交通事故に遭った男児(当時小学校5年生)への輸血を、エホバの証人の信者である両親が拒否し、男児が出血多量で死亡するに至った事件により、日本でも注目され始めた。
目次 |
[編集] 教団の主張と、それに対する批判
この信念は、旧約聖書レビ記第17章にある「血を食べてはならない」との聖書の教義を解釈したものとされる。聖書では血は生命の象徴として、神聖なものとして扱われている。本来は、同章でエホバがモーゼに言ったことは食料である羊・牛・山羊等の血を食べてはいけないということであるが、エホバの証人では、その中にある「血は贖いの儀式のためにある」「血を食べてはいけない」との教えを重視して、輸血拒否の信念の根拠とする。
1985年の事件のように、子供に対する輸血を、信者である親が拒否する場合には、子供の人権が問題となる。この点、教団は、輸血拒否について、子ども自身の同意を取ってあると主張する。しかし、小学生程度の年齢で輸血拒否についての判断能力があるか疑問であると批判される。小学生程度では、自己の宗教観・人生観を確立しているとは考えられず、法律上同意は無効と解される。
また、教団は、保護者による子供の輸血拒否は、民法上認められる親権(特に監護権)の範囲内で認められると主張する。しかし、民法1条に「権利の濫用はこれを許さず」とあり、権利濫用の禁止は民法の大原則である。そのため、保護者の権限行使といえど子供の生死を決することまでは許されず、権利の濫用として認められないと批判される。信者でない者の視点からは、子供の生命を危険にさらす的外れな行為であり、正当な監護権の行使とは認められないと考えられる。
なお、教団は輸血の代替手段があると主張し、無輸血手術の実績がある病院も存在する。しかし、そうした病院であっても、医師の輸血行為が常に不法行為とされることまでは認められないのではないかと指摘される。この点、医師の治療行為と説明義務の観点から問題となった事例もある。
[編集] 関連判例
- 平成12年2月29日 最高裁判所第三小法廷・判決 平成10(オ)1081、平成10(オ)1082 損害賠償請求上告、同附帯上告事件(上記1985年の事件とは異なる事件。)
- 事案:「エホバの証人」の信者Aは、無輸血手術の実績を持つ病院(医科研)に入院し、「免責証書」(Aは輸血を受けることができないこと及び輸血をしなかったために生じた損傷に関して医師及び病院職員等の責任を問わない旨が記載されていた。絶対的無輸血。)に署名した上で、医師Bの手術を受けた。医科研は、輸血拒否の意思を尊重しつつも、生命の危険が生じた場合には輸血する(相対的無輸血)との方針を採っていた。Bらはこの方針を説明せず手術に着手し、手術中、輸血をしない限りAを救うことができない可能性が高いと判断して輸血をした。手術は無事終了し、Aは退院した。
- 訴訟の経緯:Aは、医科研を運営するY(国)とBらに対し、1,200万円の損害賠償を請求する訴訟を提起した。第一審は、救命のための輸血は社会的に正当な行為であり違法性がないこと等を理由として請求を棄却。この間、Aは死亡し、Aの相続人であるX1(Aの夫)およびX2(Aの長男)が訴訟を承継。原審は、医師は「相対的無輸血」との方針を説明すべき義務を認め、この義務を怠ったためにAの自己決定権を侵害したとして、55万円の損害賠償を認容。この判決に対し、Yが上告(X1らも附帯上告)した。
- 主文:上告・附帯上告とも棄却。(原審が確定。)
- 判旨:医師Bらが、患者Aが宗教上の信念からいかなる場合にも輸血を受けることは拒否するとの固い意思を有し、輸血を伴わないで肝臓のしゅようを摘出する手術を受けることができるものと期待して入院したことを知っており、右手術の際に輸血を必要とする事態が生ずる可能性があることを認識したにもかかわらず、ほかに救命手段がない事態に至った場合には輸血するとの方針を採っていることを説明しないで右手術を施行し、患者に輸血をしたなど判示の事実関係の下においては、右医師Bは、患者Aが右手術を受けるか否かについて意思決定をする権利を奪われたことによって被った精神的苦痛を慰謝すべく不法行為に基づく損害賠償責任を負う。
[編集] 非宗教者の輸血拒否
近年、輸血によりエイズに感染したり、C型肝炎が発症したりするなどの事故が相次いでいる。ここから、こうした信者に限らず、通常の患者の中にも輸血に対して不信感を抱く者は少なくない。それゆえ、医療体制が見直されるまでは、患者の意思を尊重し、危機回避としての輸血拒否を許容すべきであるとする意見もある。
[編集] 参考文献
- 教団側の書籍
- 血はあなたの命をどのように救う事ができますか(小冊子)
- 輸血の代替療法(DVD)
- 無輸血 医療はその課題に取り組む(ビデオ)
- 一般の書籍
[編集] 外部リンク
- エホバの証人 - 公式サイト内の解説
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