近藤内蔵之助
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近藤 内蔵之助(こんどう くらのすけ近藤 内藏之助、?-文化4年(1807年))は、江戸時代の剣客で、天然理心流の創始者。諱は長裕(ながひろ)。通称は内蔵助、内蔵之介ともいう。遠江国出身。
自称、飯篠長威斎家直(元中4年(1378年)-長享2年(1488年)、天真正伝香取神道流の開祖)の末裔。神道流剣術はじめ諸流を学んで天然理心流剣術を創始し、近藤弥吉政竜(詳細不明)と闘ってこれを破り近藤姓を襲名したとされる。寛政年間(1789年-1800年)に自流を広めるため江戸へ赴いたが、江戸では既に他流が優勢だったためか近隣の武蔵国多摩地方や相模国辺りで門弟が多かった。
臨終に際して天然理心流2代目宗主近藤三助(安永3年(1774年)-文政2年(1819年)、多摩郡名主・坂本戸右衛門の長男)に天然理心流気合術の奥義を伝授したが、三助が若くして急死したため、その後の奥義伝授は途絶えてしまった。