選挙方法
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選挙方法(せんきょほうほう)とは、ある集団の全ての構成員個々からの意見表明を元にして、その集団が採用する意志を決定したり、元の集団の振るまいを十分再現できるより小さな集団を構成するための、演算手順である。
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[編集] 各選挙方法の特徴
[編集] 意見集約の方針と位置
どんな二人の人を選びだしても、十分細部まで比較すれば、同一の意志を共有することはない。従って、元の集団より小さな集団の構成には、個々の意志の統合や切り捨てが行われる段階がある。
さらに、選挙目的が集団の採用する意志の決定である場合、意志の統合は極限まで進められる。
[編集] 方針
[編集] 多数代表
多数代表は、意見集約を極限まで進め、集団が採用する意志(最高意志と呼ばれることがある)を決定する方法の総称である。ここに属するものの殆どは多数決に起源を持つ。当選者を複数選ぶ場合も、当選者間の意見の相違が出来るだけ小さくなるようにする。政府の選出や、政府と衝突して国政が麻痺しないよう、政府と似た特性を持つ議員で構成された議会を作る時などに使われる。フランスでは、議員が支持母体の代理人に成り下がらず国民全員の代表として活動できるよう、この類の方法で議会を構成している。
また、議会での採決や住民投票などにも使えるが、首相の指名以外は、信頼性の高い二者択一を用い、「可決」「否決」の二つの候補のみで行う場合が多い。しかし、「否決」は代替となる最高意志が示されない場合が多く、ヴァイマル共和政下のドイツのように、集団としての活動が麻痺する原因になる。
小選挙区制や大統領選など選挙区定数が一人の方法全てと、完全連記制(block voting)やApproval votingなどが当てはまる。
[編集] 比例代表
比例代表は、意見集約を出来るだけ抑え、元の集団の意見の相違による勢力比を出来るだけ再現できる、より小さな集団を構成する方法の総称である。各々の有権者に一人の当選者を対応させると、当選者一人当りの有権者数が出来るだけ等しく、かつ、各々の有権者に対応する当選者がその有権者の最も支持する立候補者に近付くように、当選者の集団を構成する。直接民主主義の代替を担う議会を作る時などに使われる。比例代表制や大選挙区制(単記非移譲式投票)などが当てはまる。 一般に、比例代表を用いて議会を構成すると、小党乱立になり政治的混乱を招くと言われている。
実際、比例代表は、一定数の支持者さえ確保すればどんな小政党でも議席を得る。選挙方法によっては、全国区制のように政党の概念を持たないものすらあり、議員を大政党に集約する力はない。元々、意見集約を出来るだけ抑えるのが、比例代表の役目である。
しかし、政府を選挙民が直接選ぶ制度(大統領制)を運用し続ける国が少なくないことを考えると、小党乱立でも政治的混乱は防げることが分かる。なぜなら、選挙民の集合は小党乱立の極限状態だからである。政治的混乱を防ぐには、議会の決議できる選択肢から、「否決」などの、代替となる最高意思を示さないものを除けばいい。ヴァイマル憲法の反省を生かしたボン基本法では、議会が政府・首相を不信任するためには、代替となる首相の選出を議会は完了していなければならない。
選択肢から「否決」などを省き、代替となる最高意思全てを立候補させた多数代表の方法で議決すれば、小党乱立による政治的混乱を防ぐことができる。しかし、議決方法は選挙方法より信頼性・慣習が重要視されている場合が多いので、議決方法を二者択一から変更するより、選挙方法を変更して比例代表の性質を歪める方が選ばれることが多い。
[編集] 少数代表
少数代表は、元の集団からできるだけ多様な異なる意見を集める方法である。本来は日本独自の選挙制度(単記非移譲式投票)のことを指し、比例代表と違い、各意見が持つ勢力の大きさは反映されない。しかし、単記非移譲式投票は区割りが行われずに戦略投票に晒されると、比例代表と同じ結果になる。このため、現在これに属する選挙方法は、区割りを行うものに限られる。意見の一本化は行わないが様々な物事の見方を要求される調査会を作るとき等に使われる。
[編集] 位置
[編集] 選挙後
選挙後の議会に意見集約を委ねる方法。比例代表の全てに当てはまる。
[編集] 当選者決定時
選挙方法固有の演算手順を用いて、投票結果から意見の切り捨てを行う方法。多数代表の全てに当てはまる。
[編集] 投票前
デュヴェルジェの法則などを利用して、投票前に候補者を絞る方法。定数の小さい、単記非移譲式投票(小選挙区制、中選挙区制)や単記非移譲式投票を用いた比例代表制が当てはまる。
[編集] 一票の形態
方法によって、一票の形態はそれぞれ異なる。
- 優先順位付連記投票制(Instant-runoff voting)やボルタ式(Vorda count)やコンドルセの方法(Condorcet method)などでは、投票者は候補者を自分の好みの順に並べ、その順序を最善から最悪の候補者まで一票に表記する。戦略投票が行われるとパレート最適を保証できない。
- 審査員式(Range voting)や二分型投票(Approval voting)では、他の候補者に与えた得点の合計等に関らず、投票者は各候補者毎に、決められた範囲の得点のうち好きな得点を与えることができ、候補者の名簿が載った一票に得点を記入する。比例代表には使いにくい。
- 普通の選挙方法(単記非移譲式投票)などでは、投票者は一票で一人の候補者にしか投票することはできない。その一方で、認定投票(Approval voting、二分型投票の別名)では複数の候補者に投票することができる。
- 一人の投票者に票を複数配る制度もある(Cumulative voting)。
[編集] 選挙区の定数
選挙区の定数も、方法毎に異なる。
- 小選挙区制や大統領選などは、一つの選挙区から一人しか当選者を出さない。
- 比例代表制や大選挙区制などは、投票者間の意見の相違・勢力比を再現できるように、複数の当選者から成る集団を構成する。
- 大選挙区制では、当選者間の意見の相違があまり違わないように選ぶ制度(block voting=完全連記制や、block approval voting(approval votingの単純な拡張))もある。第一党による議席独占が起こりやすくなり、区割りの数の減少により少数代表の性質が薄れる分だけ、小選挙区制以上の多数代表制となるとされる。
[編集] 選挙方法の評価項目
選挙方法の良し悪しを判断するための様々な観点が知られている。
単記非移譲式投票は分かりやすいが、デュヴェルジェの法則により治者と被治者の自同性(民主主義)が損なわれる。優先順位付連記投票・単記移譲式投票はデュヴェルジェの法則を避けられるが、分かりにくく開票作業が大変。Approval votingはデュヴェルジェの法則の動作原理である戦略投票を逆手に取る上に、理解しやすく開票しやすい制度だが、比例代表には使いにくい。
小選挙区制は有権者との距離が近くなり、補欠選挙が行いやすい長所があるが、ゲリマンダーが発生しやすく地域エゴが国政に持ち込まれやすい短所がある。大選挙区制はゲリマンダーや地域エゴを抑制できる長所があるが、有権者との距離が遠くなり、補欠選挙が行いにくい短所がある。
多数代表は民意に政治的決断を迫る故に、切り捨てられた民意=死票が多い。死票が少ない比例代表制は、民意を詳細に再現するために、議会が無所属・小党乱立になり政治的混乱を招く恐れがある。また比例代表制は名簿の拘束力が高いほど候補者と有権者の距離が遠くなる。
どの選挙制度の長所をとっても、その長所を実現する代償として必ず短所が伴う。理想の選挙制度はまだ考案されていないし、これからも現れることは無いだろう。アローの不可能性定理によると、特定の常識的な項目全てを実現する選挙方法は存在し得ないことが証明されている。だからといって、選挙制度の評価を疎かにしてはならない。一長一短があるからこそ、各選挙制度には適する用途と適さない用途がある。何に使うかを一つに定めれば、全ての選挙制度について優劣を評価することが出来る。
[編集] 関連項目